“偶然”選んだ地で中国指折りのケーキ店に、31歳日本人パティシエの挑戦。

2011/06/10 15:54 Written by Narinari.com編集部

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「エクレア2元(約24円)、シュークリーム4元(約48円)」。中国人にとってもリーズナブルな価格と日本と同レベルの味を武器に、中国で勝負している日本人パティシエがいる。向野正義さん。31歳という若さながらすでに4店舗のケーキ店を湖北省の武漢市内で経営し、中国最大の飲食系口コミサイトで“武漢市内1位”の座を獲得するなど、快進撃を続けている人物だ。ナリナリドットコム中国特派員はこのたび、そんな向野さんが暮らす武漢を訪問。同店がいかにして中国人のハートを掴んだのか、お話をうかがった。

向野さんが経営するケーキ店「SAKURA」は2007年12月にオープンした1号店を皮切りに、2008年3月に2号店、2009年に3号店、そして昨年末、ケーキの販売に加えカフェを併設した4号店と、武漢市内のほかのケーキ店では味わえない高いクオリティでファンを増やしていった。今秋には同店初のフランチャイズとなる5店舗目もオープンさせる予定で、その勢いは全く衰える気配を見せていない。

「SAKURA」は武漢の地で、なぜこれほどの人気を獲得することができたのか――その理由について向野さんはズバリ「味」だと断言する。

「正直、僕のお店の立地はあまり良くありません。それに価格だってほかと比べて高いものもある。だとしたらやはり味しかないでしょう」。

“日本人パティシエが作ったケーキ”という触れ込みが一部の客の関心を引き寄せているのは事実だが、武漢は北京や上海、広州などと比べると日本ブランドそのものが強い影響力を持つ地域ではない。そんな武漢で向野さんは、看板商品のエクレアとシュークリームを原価すれすれの低価格で提供し、他店との“違い”を実際に舌で感じてもらうことで、ファンを着実に増やしていくことにした。

現在、「SAKURA」にはエクレアとシュークリーム以外にも、焼き菓子やフルーツケーキなど約30種類の商品が常時並べられている。エクレアやシュークリームは1日1,500個以上の売り上げを誇るが、それ以外にもロールケーキやプリンも閉店間際には売り切れてしまうほどの人気ぶりだ。実際に同店を訪れた際には、若い女性を中心に、店内はかなりの賑わいを見せていた。

「SAKURA」は今年6月8日現在、中国最大の“食べログ的”サイト「大衆点評網」(//www.dianping.com/)で武漢地区「パン・スイーツ部門」で総合1位を獲得している。「味」の項目だけに限れば、中華料理や日本料理、西洋料理などを含めた全料理ジャンルの中でこれまた1位と、非常に高い評価を得ている状況だ。また、同サイトが「SAKURA」と合同で行った割引キャンペーンでは、1万枚用意した割引チケット(10元分の現金券が半額の5元で購入できる)が、深夜0時からの販売開始にも関わらず、わずか4時間で完売してしまった。このあまりの反響に、大衆点評網側からは「6月も同様のキャンペーンを行って欲しい」とオファーが届いているという。

このように、武漢では一歩抜きん出たパティスリーと言える「SAKURA」だが、向野さんが同地にお店を構えることになったのは本当に偶然だった。かつて九州でパティシエをしていたとき、勤め先のケーキ店の同僚に武漢出身の中国人(膨殻さん。現在は「SAKURA」の共同経営者)がいたことがきっかけで、彼を口説いて武漢を初訪問したのが2006年のこと。当時は武漢に対して「想像以上に発展しているな」程度の感想しか持たなかったそうだが、「早く独立してお店を出したい」という気持ちと、「日本のように美味しいケーキ店がない」事実が背中を押し、日本よりもコストが安く抑えられる武漢での出店を決意した。もちろん、ケーキ作りに必要な材料が実際に武漢で入手できることを確認した上でのことだ。日本ではケーキ店がすでに乱立しており、飽和状態であることも少なからず影響しているという。

向野さんによると、武漢市内にはかつて「SAKURA」に在籍していたスタッフがオープンさせたコピー紛いのケーキ店が増殖しているとのこと。ただ、そのことについてはまったく気にしておらず、「味が悪ければ、仮に値段が安くても客は寄り付きませんよ。それに、そうした店が増えれば、より“本物”が際立つはず」と、そうした状況に悠然と構える余裕も。激しいスタッフの入れ替わり、不安定な原材料の納期、煩雑な地元政府との交渉など、中国に進出する上で避けては通れない問題は常に抱えており、すべてが順風満帆というわけではない。それでも向野さんは「そんなことを恐れていては前に進めない」と至って前向きだ。

向野さんがいま最も楽しみにしているのは、オープン当初から頑張ってくれたスタッフの一人が今秋独立し、同店初となるフランチャイズ店をオープンさせること。将来的には有能なスタッフ全員にお店を持ってもらえるよう、経営発展させていくことを目標として掲げている。20代後半で中国に渡り、「たくさんの人に美味しいケーキを食べてもらいたい」との願いを胸に走り続けた4年間。向野さんが武漢に植えた“SAKURA(桜)”の木は、見事な花を咲かせているようだ。

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