妻に裏切られシベリア僻村へ、失意の果てに第二の人生歩む英国人。

2013/01/15 18:53 Written by Narinari.com編集部

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ロシア中南部の大都市ノボシビルスクから南へ約110キロ、人口15人足らずの村ドゥビンカは、めったにほかの街から人が来ないという陸の孤島ながら、外国人が1人住んでいる。近所の人からは“ミハイル”と呼ばれて親しまれているという55歳の英国人、マイケル・ウェアさんだ。20年前、彼は英国から農業視察団の1人として訪れた際、冬には氷点下50度にも達するという過酷な環境ながらこの地を気に入り移住を決めた。その背景には、彼の心を大きく支配していた絶望感があったという。

露紙シベリアン・タイムスや英紙ウェスタン・デイリープレスなどによると、20年前までの彼は、英南西部のサマセット州エクスムーアに在住。2人の娘と1人の息子をもうけ、幸せな結婚生活を送っていたはずだった。ところが近所の人から聞いた話で、彼が外出している間に、妻が知人男性を家に招き入れている事実が発覚。結局12年間の結婚生活は終わりを告げ、3人の子どもも彼のもとから離れていった。当時を振り返る87歳の父モーリスさんは、あまり感情を表さない大人しい性格の彼が、離婚して「打ちひしがれているのが表情で分かった」と話している。

事実、「自殺を考えた」というほど精神的に追い詰められていたウェアさん。ちょうどそんなタイミングで、彼は心を癒す旅行の機会を得る。農業を生業としていた彼は、ソビエト崩壊後のロシア農業の実態を視察するグループに参加。シベリア各地を巡っていた中で、ドゥビンカも訪れた。めったに外から人もやって来ない僻地だったが、当時失意の中にいた彼にとっては「新鮮な空気に溢れ、美しい景色も多くある」素晴らしい場所に思えたそう。そして彼は一旦英国で戻ると、半年間独学でロシア語を学び、再びドゥビンカへと戻って行った。

シベリア移住という息子の決断を、離婚の辛さを理解していた父は「彼はここから離れる必要があった」と理解。父親の温かな後押しもあって、ドゥビンカで再び農業を始めて人生の再スタートを切ったマイケルさんは、数か月後には18歳年下の女性タチアナさんと出会う。勉強をしてきたとはいえ、うまくロシア語が話せない彼を気にかけ、近所の人との通訳として助け始めてもらってから、2人の関係は接近。彼女もまた「彼のように料理が好きな人は、この辺りの男性にはない」と新鮮な雰囲気を持つ彼に惹かれたそうで、間もなくマイケルさんは2度目の結婚をするに至った。

そして現在、結婚前にタチアナさんが別の男性との間にもうけた19歳、18歳、16歳の3人の子どもに囲まれ生活。18歳の息子がまだ小さかった頃には、心臓に病気が見つかったために彼の身内が協力し、「何万ドルもの」お金を集めて英国での手術実現に尽力してくれたという。そのおかげもあって、マイケルさんは今でも頻繁に英国にいる家族や友人らと連絡を取っており、父モーリスさんとも毎月定期的に電話で話をしているそうだ。

そんなドゥビンカでの20年間は決して裕福とは言えない生活の連続だったようだが、それでも「ここにいて幸せ」と話すマイケルさん。しかし自分の生活を立て直し、再び幸せな時間を送るようになった今、離婚以来音信不通となった前妻との子ども3人の消息が分からないのが、英国に残してきた唯一の気がかりだという。

一方、英国で息子の無事を祈るモーリスさんも、昨年亡くなった妻が飛行機を怖がったためロシアに連れて行けなかったのが「唯一の後悔」とも。87歳という年齢を考えれば、もうロシアへ行ける可能性は低いとも考えている父だが、それでも遠く離れた異国の地へ渡った息子は、「間違いなく誇りに思う」存在だとしている。

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