阪神の今岡誠内野手が衝撃告白「"進退"頭に浮かんでいる」。

2007/08/01 06:00 Written by コ○助

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1996年に逆指名(ドラフト1位)で入団後、10年間に渡り阪神の主軸として活躍してきた今岡誠内野手。2000年には当時の野村克也監督との不仲説が盛んにメディアで報じられ、半ば干されたような状態に陥ったこともあったなりが、続く星野仙一監督が絶大な信頼を置き、起用を続けたことで成績もグングン上昇し、2002年のリーグ優勝には大きく貢献したなりよ。星野監督の後を受けた岡田彰布監督も今岡選手を重用し続け、2005年のリーグ優勝時には歴代3位となる147打点をマークするなど、ポイントゲッターとして鬼神の如き活躍を見せたのは、記憶に新しいところなりね。

今岡選手の天才肌なバッティングは、スランプに陥ると復活するまでに時間を要することもしばしば。でも、好調なときにはまさに神懸かり的な活躍を見せるため、ファンを酔わせてくれる人気選手のひとりなのは間違いないなりね。そして、2003年に首位打者、2005年に打点王、2002年と2003年、2005年にベストナインに輝いていることからも、セ・リーグを代表する打者なのは疑う余地はないなりよ。

そんな今岡選手が、いま、苦悩の日々を過ごしているなり。話は昨年の開幕時までさかのぼるなりが、2006年シーズンの開幕直後から成績が上がらずに絶不調が続いていた今岡選手は、交流戦のオリックス戦が行われた6月17日に死球を受け、右の手首をけがしてしまったなりよ。これを機に、かねてから悩まされていた「バネ指」と呼ばれる症状を解消するための手術に踏み切り、以降2006年シーズンは9月中旬に復帰するまでリハビリに費やすことになったなりね。

けがもすっかり癒え、心機一転。今年はクリーンアップの一角として開幕から期待を背負っていたなりが、残念ながら現在までの成績は打率.277、17打点、2本塁打と、チームやファンの期待水準を大きく下回る結果に終わっているなり。前半戦の阪神は打線が繋がらず、低迷が続いていたなりが、その「戦犯」として今岡選手の名を挙げるファンは少なくないなりよ。それほど今年の今岡選手は数字以上に惨憺たる内容だったなりね。

依然として調子の上がってこない今岡選手にしびれを切らした岡田監督は、遂に7月25日、今岡選手の出場選手登録を抹消。再調整のため、2軍落ちを言い渡したなりよ。長年に渡って主軸を張ってきた今岡選手にとって、今回の2軍落ちは相当ショックだったようで、自身の公式ページには率直な心境を吐露しているなり。

「7月25日(水) '07年シーズンも後半に入りこれから、という第二戦のこの日。遠征先の名古屋で、突然“登録抹消”を言い渡されました。いろいろな意味で心底衝撃を受けました」
「新聞には無言での帰阪と出ていました。話さないのではなく、本当にショックで言葉を失ってしまいました」
「ファーム落ちという状況にあるのは、自分の責任。誤解を恐れずに今の心境を表現すると、“進退”という言葉が頭に浮かんでいる」

すでに2軍の練習には参加し、再び1軍に上がるために「爆発力を養いたい」とブログを締めくくっているので決して腐っているわけではなさそうなりが、今岡選手自身、2軍落ちは「まさか」だったようなりよ。そして、かなり思い詰めてしまったのか、「“進退”という言葉が頭に浮かんでいる」と、現役引退も視野に入れ始めているかのような言葉が綴られているなり。

いくら昨年、今年と結果が残せなかったとはいえ、今岡選手はまだ32歳。阪神は金本知憲外野手、矢野輝弘捕手、下柳剛投手の「39歳トリオ」が一線で活躍しているチームだけに、まだまだ引退を考える年齢ではないと、多くのファンが感じているはずなりよ。心ないファンから「トレードに出してしまえ」「辞めてしまえ」といった辛辣な言葉を投げかけられているシーンをよく見かけるなりが、阪神では特別な意味を持つ「7」の背番号を背負った生え抜きの今岡選手。ここで終わるような選手ではないと信じているファンのためにも、一日も早い復調を願うなり。

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