米誌が選ぶ「音楽を変えた100日」、1位はビートルズのTV出演。

2007/07/31 23:57 Written by コジマ

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さまざまな革命児の出現によって、これまでさまざまな変化を遂げてきた音楽シーン。現在でも、天才たちによって新たな楽曲が次々と生み出されている。こうした中、米音楽・芸能情報誌のブレンダーが「音楽を変えた100日(100 Days That Changed Music)」と題して、音楽界に変化をもたらすターニングポイントとなった日を紹介しているのだ。

1位に選ばれたのは、1964年2月9日。日本では東京五輪が開催されたこの年、のちに「ブリティッシュ・インベイジョン(英国の侵略)」と呼ばれるきっかけとなった英国出身の4人の若者が米国に初上陸した。その3日後である2月9日、彼らは米国随一の人気音楽番組に出演している。というわけで、この日はビートルズが米CBSの「エド・サリヴァン・ショー」に初めて出演した日なのだ。

7300万人が見たというこの番組、多くの米国人がビートルズの虜となり、その中にはビリー・ジョエルやキッスのジーン・シモンズなどが含まれていたのだとか。のちの音楽界にも大きな影響を及ぼした記念すべき日なのだ。ビートルズは計4回この番組に出演しているのだけど、その模様はDVDにもなっているので、興味のある方はぜひ。「エド・サリヴァン・ショー」と言えば、ドアーズの出演(薬物を連想させる「Higher」を使うなと言われたのにそのまま歌ったことから、エド・サリヴァンが激怒した)も印象的だったのだけど、こちらはランキングに入っていないのだ。

ビートルズ関連では、1980年12月8日のジョン・レノン殺害が22位、ボブ・ディランがビートルズに薬物や大麻を紹介した(それによって名曲がうまれた)1964年8月28日が27位、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが初めて出会った1957年7月6日が41位となっている。

2位は、ジャマイカ出身のDJクール・ハークがヒップホップを発明したとされる1973年8月11日。ディスコ全盛期のニューヨークでかたくなにR&Bを流し続けたハークは、2つのターンテーブルを使って間奏を交互に流すブレイクビーツを作り出したのだ。ヒップホップだけでなくテクノ、ハウスなどの音楽も彼なしでは語れず、世界の音楽シーンにとって重要な日となっている。ちなみに、「B-Boy」という言葉も彼が作り出したのだとか。

3位はナップスターが登場した1999年6月1日が選ばれている。現在は有料制になっているものの、当時はP2Pの先駆けとして世界を騒然とさせた。音楽プロモーションや流通などのあり方を一変させた存在だったのではないだろうか。

このほか、ニルヴァーナのカート・コバーンが自殺した1994年3月30日が4位、MTVが登場した1981年8月1日が5位、エミネムのライブをプロデューサーのドクター・ドレが目撃した1997年10月25日が6位、MTVがマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」を放送した1983年3月2日が7位、ボブ・ディランがミュージシャンを目指して故郷のミネソタ州ダルースを出た1960年12月21日が8位、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズが「サティス・ファクション」のリフを思いついた1965年5月6日が9位、70年代の音楽、アート、ファッションの発信源となったニューヨークのディスコ「スタジオ54」がオープンした1977年4月26日が10位となっている。

米国の雑誌なので全体的に米国からの目線での音楽の変革となっているのだけど、これを英国でやったらもっと面白いかも。ぼくにとっての変革は、ビートルズやボブ・ディラン、セックス・ピストルズ、ビースティ・ボーイズ、ニルヴァーナ、NOFXなんかを初めて聴いたときかも。最近では、ホワイト・ストライプスを聴いたときに衝撃を受けたなあ。こうした天才たちがどんどん出てくると、音楽はもっと面白くなりそうなのだ。

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