ウィグリー球場で出会った、カブス・ファンの驚きの正体とは。

2005/08/17 10:42 Written by Maki K Wall@駐米特派員

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先日の「メリケンな日常」でも書いたとおり、シカゴまで週末旅行に行ってきたウォール家。シカゴといえばネイビーピア、ミレニアム・パーク、フィールド博物館、その他「建築の街」として有名なだけあって、数々の美しい建物など観光名所が盛り沢山です。しかし野球好きな我が家族としては、素通り出来ないのが、シカゴ・カブスのホーム球場である「ウィグリー(「リグリー」とも表記)・フィールド」なのです。

カブスといえば、セントルイス・カージナルスの長年のライバルでもあります。毎シーズン、カブスとカージナルスの対戦はシカゴでもセントルイスでも、チケットは完売状態。片道5時間の道のりを、車で敵地まで乗り込むファンも珍しくありません。今回もウォール家がシカゴ滞在をしていた時も偶然、カージナルスが遠征で来ており、街中にカージナルスのファンがあちこちにおりました。

何はともあれ、行ってきましたよ。敵の本拠地ウィグリー・フィールド。この球場は1916年に建設され、ツタの絡まるレンガの壁がとても歴史を感じさせます。それにしても住宅街の一角にあるメジャーリーグの球場というのも大変珍しいです。本当にすぐ隣にはアパートが連なっていて、さらにその建物の屋上から、試合観戦が出来るほどです(実際、専用の座席を置いてあるビルが沢山でした)。

さて球場の周りをゆっくり見て回っていると、向こうからカブスの帽子とTシャツを着たおじさんが歩いてきました。カージナルスの帽子をかぶった私たち家族を見て、ニコニコしながら近づいてきて

「どうした? (カブスのじゃない)違うキャップかぶって(笑)」

とギャグをかましてくれます。でも敵相手にも、かなりフレンドリーで、その丸い顔から人柄の良さがにじみ出ています。カブスとカージナルスのファンが一緒に記念写真という構図も面白いと思ったので、頼んでみると、快く承諾してくれました。カメラに向かって笑うおじさん。いやはや、良い人だー。

ところで写真を撮った後、またニコニコと歩き去るおじさんを見送っていると、また通りすがりの人が私たちに話しかけて来ました。多少興奮した感じに

「ねぇねぇ。今の人はもしかしてビル!?」

えーっと、誰それ(笑)?

たんに数秒呼び止めて写真を撮ってもらっただけのおじさんです。名前なんか知りませんって。でもダンナとは、もしかしたら今の人セレブなのかもねー(笑)、などと冗談を言い合っていたのです。

ところがですよ。気になったので家に帰ってから Google で検索してみたのです。キーワードを "cubs fan bill" としてサーチしたところ、なんと検索結果の一番最初のサイトにあのおじさんの写真が!!同じTシャツ着てるし、すぐに判りました。しかし本当に有名人だったのかぁ……。

サイトによると彼はビル・ホルデンさんといい、アリゾナに住む56歳の教師。昨年の暮、息子さんからプレゼントとしてもらったドキュメンタリー映画が彼の人生を変えました。この映画は "This Old Cub" という作品で元カブスの名プレーヤー、ロン・サント氏を題材にしたドキュメンタリー。今はラジオでカブスの専属コメンテーターとして活躍する彼ですが、子供のころから糖尿病に苦しみ、現役引退後は病気のために両足切断という苦しみを味わったそうです。

さて病気に立ち向かいつつ、それでもポジティブに行きるサント氏の半生に感動したホルデンさん。なにか自分でも糖尿病に苦しむ人々のために役に立ちたいと強く感じたそう。そして寄付金を集める目的で、とあるチャレンジをすることに決めたのです。それはアリゾナからイリノイ州のシカゴ(正確にはウィグリー・フィールド)まで、徒歩で歩き通そうというもの。ひざに疾患のあるホルデンさんには過酷な挑戦でした。実際、家族はみんな止めるように説得したとか。

それでも決意の固いホルデンさんは今年1月、アリゾナを出発します。リュックサックに何枚かの着替えを持ち、最初の一歩を踏み出したのです。シカゴ到着の目標は7月1日。なんと半年以上の道のりでした。ホテルや食事などは、カルフォルニアにいるサポーターが毎日手配をしてくれたそうですが、旅路は本当にたったの独りきり。

旅の間、少ない荷物とはいえリュックサックが重くなって辛いので、毎朝ホテルや近くのレストランなどで次の目的地まで荷物を運んでくれる人を探したのだとか。驚くことに、ほぼ毎日のように心温かい人々がホルデンさんに助け舟を出してくれたそうです。もちろん荷物が盗まれるなんてこともありませんでした。

そうして旅を続けて172日。足の痛みに倒れそうになったこともあったそうです。でも2,100マイル(約3,900キロ)を歩いて、歩いて、とうとうウィグリー球場まで到着したホルデンさんです。記念すべき日は最初の目標通り、7月1日のことでした。そして当日、彼のことを待ち受けていたのは、スタジアム一杯のカブス・ファンと選手たち。

彼のことはシカゴを中心にメディアで取り上げられ、彼はこの時すでにかなりの有名人だったのです。試合前のフィールドに現れたホルデンさんを、大歓声が包んだにちがいありませんね。ちなみに彼が呼びかけた糖尿病患者のための寄付金は250,000ドル(日本円で約2千700万円)も集まったそう。いやはや、すごい話だ。

ウォール家がシカゴのウィグリー球場で話しかけられた、にこやかで穏やかな表情のおじさん。その時は知るよしもなかった彼の正体は、なんとも尊敬すべき経験をした偉大な人物でありました。

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