パドレスの大塚晶則投手、野球との出会いを語る。

2004/12/06 07:23 Written by コ○助

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2度目のポスティングによって昨年オフに中日からパドレスに移籍、今季は主に中継ぎとして73試合に登板、7勝2敗2セーブ、防御率1.75の成績を残し、最多ホールド賞にも輝いた大塚投手。先月行われた日米野球にもメジャー選抜の一員として凱旋帰国するなど、今年は恐らく野球人生の中で最高のシーズンを送っていたなりよね。もちろん日本での実績あってこそのメジャーでの活躍なりが、正直、ここまでの成績を残せるとはパドレスも考えていなかったのではないかと思うなり。

そんなメジャーで大成功を収めている大塚投手なりが、現在発売中の「週刊ヤングマガジン」でインタビューに答えているなりよ。どのような野球少年だったのか、なぜメジャーを目指す気持ちになったのか、といったことについて語っているなりね。ちょっと面白かったので簡単に見ておくと。

「小学校3年のときに一つ上の兄貴がやってた軟式の少年野球チームに入りました」
「中学では、友だちが校庭で遊んでいる昼休みに一人でトレーニングしているような子どもで、2キロのマラソンコースを走ったり腹筋や腕立てをしながら『絶対にドラフト1位になるんだ』と信じて汗を流していました」
「僕がメジャーを意識しはじめたのは、野茂英雄さんの影響です」
「(1度目のポスティングは)どこからも声が掛からないなんてまったく思っていなかったので、倒れるくらいのショックでした」

中学の頃から「絶対にドラフト1位に」という信念を持って野球を続けていた大塚投手なりが、その信念とは裏腹に、決して野球のエリートコースを歩んで来たわけでは無いなりよね。千葉県の横芝敬愛高校から東海大学、日本通運と、いずれも「名門」とは呼びがたいチームを経て、25歳の時に近鉄のドラフト2位としてプロ入りと、比較的遅咲きの選手と言えるなり。でも、結果的にはプロ入りするという夢は掴んでいるので、やはりプロになるような選手は、若い頃から意識の持ち方が全然違うのかな、という感じはするなりよね。

大塚投手は実力と明るい性格から、首脳陣やチームメイトからの信頼も厚いようだし、来季はひょっとしたらストッパーとして活躍する姿を見ることができるかもしれないなりね。今季が出来すぎなくらいの成績だったので、今季以上の成績を残すのはなかなか難しいとは思うなりが、頑張って活躍のニュースを日本に届けて欲しいものなり。

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