愛しのたくましマッスルカー その3。

2003/05/15 05:06 Written by コジマ

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1960年代中盤から70年代にかけて隆盛を極めたアメ車、マッスルカー。今のクルマはほとんどがディスクブレーキ(タイヤと一緒に回っている円盤をパッドで挟んで止めるもの)だけど、ぼくのマッスルカー、マスタングはもちろんドラムブレーキ(タイヤと一緒に回っている箱の中でパッドが広がって止めるもの)。一応パワーブレーキという油圧で止めるものになっているのだけれど、減速する分には軽いのだが、しっかり止まるようにブレーキをかけようとすると、めちゃくちゃ重い。雨の日なんて「ふぬっ」と踏まないと止まってくれないのである。ディスクブレーキに換えたいのだけれど、40万以上かかるという話。3年ローンで買ったうえにこれからドンドン金がかかるクルマなので、とてもじゃないけど怖くて交換できないのだ。さて、今回はブレーキによる悲劇のお話。

前回の「重ステ勘違い事件」から1週間、平日もちょこちょこマスタングに乗っていたのだけれど、気になるところがあった。ブレーキをかけると右に曲がるのである。右に曲がっちゃうから止まるときにハンドルを少し左にきっていた。さすがのぼくもコレはオカシイと思い、クルマ屋さんに電話してみると、ブレーキの利きの左右の調節をすれば直るという。「近所の修理工に持っていっても1500円くらいでできますよ。もちろん、ウチに持ってきてくれればタダですけど」。タダ、ロハ、いい響き。ちょうど友達がそのクルマ屋さんの物件を見たいと言っていたので、ついでに持ってけばいいやと、1500円をケチって土曜日に行くことにしたのだ。ガソリン代考えるとソンだということに気づかずに。

5月3日の土曜日は快晴で夏のような日だった。その日は午後5時から野球の練習試合があったので、午後1時に家を出発。友達を乗せてマスタングで首都高を突っ走る。ブレーキをかけると相変わらず右に曲がるが、それ以外はすごぶる快調である。しかし、友達がうるさい。「おい、こんなクルマで130キロも出すな」「エンジンがうるさくて会話ができん」「冷房もないのか(故障中)」「ドリフみたいになったらどうすんだ」…。ひっきりなしに文句を言うので辟易していたところ、常磐道に入る三郷料金所の手前で渋滞が始まった。

渋滞のためにブレーキをかける。クルマが止まる。前のクルマが進む。ブレーキを離す。クリープ現象で進…まない! なぜか進まないのだ。しかたないのでアクセルを踏む。すると少し引っかかったような感じで進む。それを繰り返しているうちに、料金所まであと数メートルのところでかなりアクセルを踏まないと動かないようになってしまった。
「あれえ? なんかヘンだぞ」
「どうしたんだ?」
「すごく踏み込まないと進まないんだけど」
「なんだそりゃ。サイドブレーキかかってんじゃないの?」
「かかってないよ。でも、こんなに踏んでるのに進まないんだぜ。ほら」
「つーか、煙出てんだけど…」
高速のど真ん中で、ボンネットの先っちょからノロシがあがっていた。

クルマを降りてボンネットを開けようとすると、メチャクチャ熱くなっている。フロントや地面には緑色の液体が飛び散っていた。「ははあん、コレがクーラントってヤツだな」。クーラントとは、エンジンを冷やす液体である。ラジエーターという機械とエンジンを行ったり来たりして冷やすのだ。そのクーラントが沸騰すると膨張してエンジンやラジエーター、ホースなどが破裂してしまうので、ラジエーターのキャップから膨張した分だけ外に噴き出すようになっている、と数日前に勉強したばかりだった。その本にクーラントは緑と赤の2種類があると書いてあったので、「おお、このマスタングは緑だ」とちょっと喜んだ。いや、喜んでいる場合ではない。高速のど真ん中で煙をあげている古いクルマを見る他人の目は「おや、まあ」とか「ウシシシシ」とかとても好奇なものだったので、ぼくはハズカシさで我に返って「あっちーあちあち」と悲鳴をあげながらボンネットを開けた。予想通り、ラジエーターキャップからクーラントが噴き出てる。それが熱くなったラジエーターにかかり、蒸発して煙をあげていたのだ。つまり湯気である。とりあえず急いでクルマ屋さんに電話をすると、知り合いの板金屋がローダー(クルマを輸送するトラック)で迎えに行くと言ってくれた。料金は2万円なり。ああ…(涙)。クルマを路肩に寄せて板金屋さんのローダーを待つことにした。

それにしてもその日は暑かった。真夏日だ。春の心地よい陽射しはどこへやら。ローダーが来るまでの40分、ぼくはクルマの外に出て「暑いアツイ」とわめいていたのだが、友達は恥ずかしいのか一歩も外へ出ない。タバコを吸いながら快適に走る現代車をちょっとうらやんで見ていると、ローダーに乗って板金屋さんが到着した。ウインチで荷台にあげられるマスタング。板金屋さんの「前に乗ります? それとも後ろのクルマ(マスタング)に乗ります?」との問いに、友達が「後ろ!」と即答した。「だって楽しそうじゃん。滅多に経験できないぜ」、たしかにそうである。

荷台に載せられたクルマは揺れる。跳ねる。いちいち「おお」と反応していたぼくらに、新たな問題が浮かび上がった。野球の試合開始に、このまま我孫子(から2駅目)のクルマ屋に行くと間に合わないのだ。幸いその日の試合には10人集まる予定だったので、最悪ぼくらのうちどちらか一人が間に合えばいい。友達だけ途中の天王台という常磐線の駅で降ろしてもらい、上野の試合会場に向かった。彼は見ようと思っていたクルマも見れず、電車で一人(しかもユニホーム姿にサンダル履き(笑))で向かうハメになってしまったので、とても気の毒なことをしたのだ。

クルマ屋に到着すると、板金屋さんは「では、アッシはこの辺で」と仕事人のように去っていった。
「大変なことになりましたねえ。でも着いたときには寝てたけど(笑)」とクルマ屋の後藤さん。荷台で一人になったぼくはうたた寝をして、到着したのも気づかなかったのだ。後藤さんはぼくの1コ上のナイスガイである。
「こうなると簡単な修理じゃ済まなくなっちゃいましたね。全部バラしてチェックするんで1週間くらいあずからせてください。もちろん工賃は要りません」
「ありがとございます。あのー、じつは野球の試合があるんですよ。5時から」
「なにぃー! あと50分しかないじゃないですか!」
「はいー。でも2試合やるんで、1試合目はほとんど諦めてますから。ここから上野まで電車で何分くらいかかりますか?」
「クルマで1時間半くらいで着きますよ! その軽(自動車)に乗って! 急げば1試合目間に合いますよ!」
「おー!」

渋滞で2時間半後に試合会場に到着したぼくが見たものは、相手チームの逆転サヨナラ満塁ホームランだった。

つづく

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