ルービックキューブ世界大会で日本人16歳が優勝、小学生らも健闘。

2007/10/09 08:03 Written by コジマ

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1978年にハンガリー・ブダペスト応用美術大学のエルノー・ルービック教授(現ハンガリー工学アカデミー総長)によって生み出された立体パズル、ルービックキューブ。日本では80年にツクダオリジナルから発売され、100万個以上を売り上げるほどの大ブームとなった。3×3×3に分かれている立方体の色をそろえていくのだけど、その組み合わせは4325京2003兆2744億8985万6000通りだそうで、まさに天文学的な数字となっているのだ。ブーム終焉後もなくなることはなく、近年はじわじわと人気が上がっているみたい。

このルービックキューブの世界大会が開かれたのは、82年のこと。バラバラにされた6面を完成させるスピードを競う「スピードキュービング」という競技の大会で、このときは日本から上野健一さんが参加し、5位に入賞しているのだ。その後は人気低下によって20年以上開催されていなかったのだけど、03年に復活。メインの3列部門のほかに4列部門や5列部門、3列目隠し部門などが創設され、片手や足だけで行う部門など、隔年で開催されるたびに部門数が増えている。03年には4列部門と5列部門で日本の秋元正行さんが優勝し、05年は3列部門で林祐樹さんが世界記録で優勝。秋元さんは05年も2列部門で優勝しているのだ。

その世界大会が、今年は10月5〜7日にルービックキューブ生誕の地であるブダペストで開催された。第4回大会となる今回は世界33カ国から263人が参加したのだけど、16人が決勝に進出した3列部門で、北海道の釧路工業高等専門学校2年、16歳の中島悠さんが優勝したのだ。3列部門は5回行ったうちの最も速い記録と最も遅い記録を抜かした3回の記録の平均を競うのだけど、中島さんは最高記録は2位のアンドリュー・カンさん(米国)にはかなわなかったものの、平均で12秒46を記録。0.19秒差で金メダルを獲得し、ルービック教授から直々に表彰されたのだ。

中島さんがルービックキューブを始めたのは、05年末に世界大会の模様をテレビ番組を見たのがきっかけ。2年弱という経験ながら1日4〜5時間の練習を重ね、今年7月には自己計測で10秒84と世界記録を更新。8月に開催された日本大会では3位となり、世界大会への切符を手にした。日本ルービックキューブ協会も「普段通りの実力を発揮できれば、優勝のチャンスもある」(北海道新聞より)とするなど、期待の新人だったのだそう。

とはいえ、中島さんはまだ16歳の高専生。学校では建築学を学んでおり、バドミントン部の部活もこなしながら、親元を離れて暮らす相部屋の寮で練習を重ねたのだそう。ルームメイトがいるときは、気をつかって室外で練習していたのだとか。こうした努力の結果、世界大会優勝という栄誉と賞金5000ユーロ(約82万円)を手にしたのだ。

一方、今大会には中島さんを含めて14人が参加しており、3列部門では日本大会で優勝した土浦日大高校1年の郡司光貴さんが3位となっている。平均タイムはアンドリュー・カンさんと同じ13.05秒だったのだけど、最高記録が12秒41だったため2位を逃した。郡司さんはクロックという部門でも2位と健闘している。また3列部門では、小学1年の湯本美貴さんが自己ベストとなる14秒28で準決勝に進出しており、5列部門で大艸尊之さんが3位となるなど、各部門で6人の日本人がトップ3に入っている。「世界最速のルービックキューブ・プレーヤー」と呼ばれ、前大会3列部門3位の米在住高校生ショータロー“マッキー”マキスミさんは、3列目隠し部門で3位となっている。

サンケイスポーツにも掲載されているけど、今年4月に開かれた口笛世界大会で日本人が相次いで優勝し、ホットドッグ早食い競争でが6連覇をした小林尊さん(今年は準優勝)やエアギターで2連覇を達成したお笑いコンビダイノジの大地洋輔など、次々と世界一の日本人が誕生していることはなんだか誇らしいのだ。次はペン回し世界大会で日本人優勝者が出るかも。

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