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<今日のなりなり>
2003年1月16日〜23日

 

2003年01月23日 (Thu)
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※しばらくの間、諸事情により過去の「今日のなりなり。」からピックアップしたものをお届けしますなり。
今日は2001年10月23日の「アメリカンドッグ」のお話を。

【2001年10月23日「アメリカンドッグって・・・の巻」】
昨日、フジテレビの「笑っていいとも」を見ていると。
あるコーナーでアメリカンドッグの話になったなり。
「ドライブインで食べるものの定番は?」という問いに答えるという内容だったなりが、アメリカンドッグを挙げている人が多かったなりよ。
そう言われてみれば、ドライブインでは確かにアメリカンドッグ、食べたくなるなりね。
何でドライブインでアメリカンドッグが食べたくなるなりかね。
なんだか冷静に考えたことなんて無かったなり。
思うに、今でこそコンビニなど近場のどこでも食べることができるなりが、コ○助が小さい頃にはそれほど食べる機会が無かったような気がするなりよ。
冷凍食品としてスーパーには売っていたかもしれないなりが、すぐに食べられる状態でアメリカンドッグが売っている店ってあまり無かったような。
コ○助が小さい頃にアメリカンドッグを食べた記憶があるのは遊園地や動物園、ドライブインや野球場といったある種「特別な場所」だったように思うなり。
つまり、「特別な場所」でしか食べられないと思いこんでいた節があるので、いまだにドライブインなんかに行くと無性に食べたくなるのかもしれないなりね。
これはあくまでもコ○助の思いこみなので、他の方々がどう思うか知りたいところなり。
どうなりかね。
本当にコ○助は普段の生活の中であまりアメリカンドッグを食べた記憶が無いなりよ。
アメリカンドッグ自体は好きなはずなのに。
でも、聞くところによると。
昭和40年代に、アメリカンドッグは学校給食の人気メニューだったらしいなりね。
当時小学生だった皆さん、これって本当の話なりか??
アメリカンドッグ片手にパンを食べるという、にわかに信じがたい話を聞いてしまったなりが、これが本当だったらコ○助の「特別な場所でしか食べられない」説は崩れてしまいそうなり。
まあ少なくともコ○助が通っていた小学校では、一度たりともアメリカンドッグが給食で出てきたことは無かったので、あくまでも昭和40年代に限った話なのかもしれないなりが。
ま、それは良いとして。
「笑っていいとも」の中で香取慎吾が「アメリカンドッグの棒のところにこびり付いている衣の部分をガリガリとかじるのが旨い」というようなことを言っていたなりよ。
そうそう、アメリカンドッグって不思議なことに「具」であるソーセージよりも、「衣」の部分が美味しかったりするなりよね。
この「具」と「皮」や「衣」で構成されている食べ物ってたくさんあるなりが、「衣」の方が人気がある食べ物ってそんなに無いと思うなりよ。
肉まんは「皮」が旨いところもあるなりが、やっぱりメインは「具」だし。
天ぷらは「具」よりも「衣」が良いなんて人は聞いたことがないし。
コ○助が思いつく限りではたこ焼きなんかはアメリカンドッグと同じような感覚なりかね。
「具」であるタコも美味しいなりが、「皮」部分だけでも十分に美味しい。
むしろ「具」の部分よりも「皮」部分で味が左右されるので重要度が高いという感じなりか。
アメリカンドッグも、ソーセージと衣を一緒に食べるから美味しいのは確かなりが、あの衣部分だけでも十分に旨い。
香取慎吾が言っていたように、最後に棒にこびり付いた衣をかじるのも、コ○助も大好きなりよ。
ちょっと甘味がある揚げパンのようで、とても旨いなり。
調べてみて初めて知ったなりが、あの衣部分はホットケーキミックスを使って作っているところが多いとか。
だからほんのり甘いなりね。
なるほど。
ところで、アメリカンドッグという名称に疑問を感じたことは無いなりか?
フランスで「フレンチトースト」という食べ物が無いように(注:「フレンチトースト」はアメリカでの呼び名で、フランスでは通じないらしいなり。フランスで「フレンチトースト」を注文したいときは「パン ペルデュ」と注文するのだとか)、アメリカではアメリカンドッグという食べ物はあるのかどうか。
結論から言うと、アメリカにはアメリカンドッグという食べ物は無いみたいなり。
アメリカでは、アメリカンドッグのことを「コーンドッグ(corn dog)」とか「ポーゴー(POGO)」とか呼ぶようなりね。
恐らく「アメリカンドッグ下さい」と言っても通じないなりね。
この「コーンドッグ」というのは、その名の通り原材料がトウモロコシの粉から出来ているからその名が付いているなり。
トウモロコシの粉をパン生地のようにしてソーセージの周りに付けて揚げたものが「コーンドッグ」というわけなり。
そうなると、もしかしたら日本のアメリカンドッグのように甘味のある「衣」では無いかもしれないなりね。
それは結構ショックかも。
フジテレビ系の「ジャンクSPORTS」という番組の中で、元プロ野球選手のパンチ佐藤が、アメリカで「本場のアメリカンドッグが食べたい」と思い、食べてみたけど日本の方が旨かったというエピソードを披露しているところを見ると、その可能性も高いかもしれないなり。
コ○助も一度は本場のアメリカンドッグ、いやコーンドッグを食べてみたいなりねぇ。
旨かろうが不味かろうが、食べておく価値は有りそうなり。
こうやってアメリカンドッグについていろいろと書いていたら、アメリカンドッグが食べたくなってきたなりよ。
久しく食べた記憶が無いだけに、今、コ○助の中ではアメリカンドッグ食べたい病が発病しかかっているなり。
う〜む、コンビニに行くべきか。
でも外は雨。
う〜む、う〜む・・・。
また昼間にでも天気が良ければ買いに行ってみるなりか。
皆さんはアメリカンドッグ好きなりか?

2003年01月22日 (Wed)
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※しばらくの間、諸事情により過去の「今日のなりなり。」からピックアップしたものをお届けしますなり。
今日は2001年5月10日の「ファンタ」のお話を。

【2001年5月10日「ファンタの歴史の巻」】
「ファンタ」、お好きなりか?
コ○助は子供の頃、あまり炭酸飲料が得意では無かったなりが、「ファンタ」だけは抵抗無く飲むことができたなりよ。
微炭酸というのがとても良いなりよね。
今は同じような製品が溢れているなりが、当時はまだそんなに微炭酸系の飲料ってなかったように思うなり。
この「ファンタ」、発祥の地は意外にもドイツらしいなり。
コカ・コーラ社の製品ということで、アメリカが発祥の地かと思ったら違う国だったなりね。
「ファンタ」の歴史を追うとなかなか面白いものが。
時代は第二次世界大戦中にさかのぼるなり。
ドイツがヒトラー政権下の頃、ドイツで「コカ・コーラ」を販売していたコカ・コーラボトラーは、ドイツのヨーロッパ侵略の恩恵を受けるかのようにその販売シェアを伸ばしていったなり。
しかしながら「コカ・コーラ」を「アメリカ文化」と捉えるヒトラーは、「ヨーロッパ文明への脅威である」としてその販売中止を命令。
突然の中止命令に当惑したドイツのコカ・コーラボトラーが独自開発し、「コカ・コーラ」の代用品として登場したのが「ファンタ」だったというわけなり。
第二次世界大戦終結後、アメリカのコカ・コーラ社本体がこの「ファンタ」の商標を買い取り、1955年にリニューアルをしてイタリアで販売。
その後ヨーロッパでのブームを経て世界中に広がっていったというなり。
そんなファンタが日本に入ってきたのは1958年。
当初、国内で「コカ・コーラ」の製造をしようとしたところ「コカ・コーラ」の原液を輸入しなければならず、戦後の復興期で外貨の流出が懸念されたために、国内で調達できる原料だけで製造ができる「ファンタ」に白羽の矢が立ったというなり。
当時の味はオレンヂ、グレープ、クラブ・ソーダの3種類。
以来国内初登場から43年。
気が付けば日本ではコカ・コーラ社の製品としては主軸の「コカ・コーラ」に次ぐポジションを獲得しているといっても過言では無いなりよね。
あ、ちなみに「ファンタ」は名前の由来は、Fantasy(空想)、Fantastic(空想的な、実に素晴らしい) から来ているらしいなり(←コカ・コーラ社のサイトより)。
なるへそ。
また、コカ・コーラ社の本場アメリカに初上陸したのは1960年と、日本よりも2年遅い登場だったようなり。
アメリカでは日本ほど人気が出なかったのか、現在は缶の形態での販売はされていないらしいなりよ。
ここら辺は自分の目で見たわけでは無いので曖昧な部分なりが。
ところで、「ファンタ」といえばその味のバリエーションが常に話題になるなりよね。
コ○助が記憶しているところでは、グレープ、オレンジ、クリアーパイン、トロピカルパンチ、アップル、グレープフルーツ、メロン、レモン、ファンキーレモンC、すっきりライチ、あっさりベリー、さっぱりリンゴ、ストロベリー、フルーツパンチ、パインフルーツ、ピーチ、青りんご、マスカット、スカッシュパンチ、南の島ブレンドくらいなりかね。
これ想い出すのに30分以上かかったなり(笑)。
同じような味でも、違う名前で登場し直したりしているなりよね。
さっぱりリンゴと青リンゴとアップルがどう違う味だったのかはあまり記憶にないなり(笑)。
他にどんな味があったか、覚えている人がいたら教えて下さいなりね。
ちなみに、今販売されているのはオレンジ、グレープ、 すっきりライチ、あっさりベリー、さっぱりリンゴ、ファンキーレモンCの6種類だけなり。
コ○助は昔グレープフルーツとトロピカルパンチが好きだったような記憶があるなりよ。
これだけの味のバリエーションを常時生産することが不可能なのは分かるなりが、もう少し増やして欲しい気もするなり。
コ○助は昔からひとつ希望があって、「ファンタ」の味のバリエーションとして「ゆず」を入れて欲しいなぁ、と。
もちろん子供がメインターゲットの飲み物なので、「ゆず」が登場することは有り得ないと思うなりが、絶対美味しいと思うなりよ。
どうせ無果汁でコスト的にはどの味でもあまり変わらないと思うので、開発してくれないなりかねぇ。
あ、あとマンゴーとか渋いトロピカル系の果物もまだ未開拓な世界なりよね。
「ファンタ」は毎年何種類か新しい味のバリエーションが登場するので、今年はどんなバリエーションが登場するのか楽しみなり。
皆さんは「ファンタ」お好きなりか?

2003年01月21日 (Tue)
※しばらくの間、諸事情により過去の「今日のなりなり。」からピックアップしたものをお届けしますなり。
今日は2002年3月10日の「豆料理」のお話を。

【2002年3月10日「日本人と豆料理の巻」】
「俺さー、豆料理嫌いなんだよね」。
そんな友人の一言から、今日は始まるなり。
なんでも、インド料理店に行った時に豆のカレーが出てきて、どうしても食べられなかった、と。
その友人は、以前南米を旅行したことがあり、その時にどこへ行っても豆料理が出てくるので、それがトラウマになって今もなお、豆料理が苦手なのだとか。
しかもその南米で食べた豆料理が、全く日本人の口には合わないような味だったらしいなりよ。
もともと南米に行く前から豆料理が苦手ではあったなりが、その旅行を契機に完全に嫌いな食材になってしまったというなり。
何だか可哀想なりねぇ。
素材として、そのまま食べるなら大丈夫らしいなりが、スープやカレーなど、調理されてしまうとどうしてもダメらしいなり。
つまり日本料理で言えば、枝豆やそら豆をビールのつまみに食べたり、さやいんげんやきぬさやをサラダやおひたしとして食べる分には問題ないなりが、煮豆やグリンピースご飯なんかはダメということらしいなり。
確かに、豆料理が苦手な人って多いように思うなり。
コ○助は全然問題なく、何でも美味しく食べるなりが、この友人に限らず、「豆苦手だよ」という話を聞いたことがある人が数人パッと頭に浮かぶなりよ。
日本人は豆嫌い。
そういえば、世界を見回すと、先の友人の話にある南米をはじめとして豆が主食な国って多いなりよね。
インドなんかは「豆の王国」なんて呼ばれるくらい、豆を良く食べるらしいなり。
ところが、日本には主食になりうる豆料理ってグリンピースご飯くらいしか思いつかないなりが、何かあるなりかね。
豆腐や味噌、納豆など、加工するのは上手なりが、どうも豆をそのままの状態で主食として食べるという文化は、日本には根付いていないように思うなり。
まあそういう意味では、逆に豆腐や味噌は大好きな人が多いのは確かなので「日本人が豆嫌い」というのはちょっとニュアンスが違うかもしれないなりね。
「日本人は豆そのものを調理したものが嫌い」くらいにとどめておくなりか。
そうそう、豆腐、豆腐。
豆には良質な植物性タンパク質が豊富に含まれているのはご存知の通りなりが、豆腐はそんな豆の食べ方としては最も理に適ったもので、植物性タンパク質を体内に吸収するには一番良い食べ方なのだとか。
煮豆にして食べたり、粉にしてきな粉として食べたりするよりも、格段に植物性タンパク質の吸収率が高いなりね。
つまり、日本人が豆そのものを調理した料理をあまり好んで来なかったのは、豆腐や湯葉という偉大な、素晴らしい加工品が古くからあったからなのかもしれないなり。
あくまで推測でしか無いなりが。
あと、考えられるのは原産地のこと。
例えば北南米で好んで食べられるいんげん豆はアメリカ大陸が原産で、日本に入ってきたのは17世紀くらいのことらしいし、グリーンピースのようなえんどう豆や、そら豆は西アジアが原産ということで、なかなか日本には入って来なかったという歴史があるようなり。
古くから日本に入ってきた豆は中国が原産の大豆や小豆くらいしか無かったことも、「日本人が豆そのものを調理したものが嫌い」な遠因のひとつでは無いかと。
そういった歴史的な流れに加え、近年顕著に見られるところで理由を見つけるとしたら、やはり日本は豊かすぎるがゆえに、動物性タンパク重視の偏食傾向にあるということ。
これが最近の若い人が特に豆料理を、そして豆を好んで食べなくなった最大の理由だと思われるなり。
要は肉食重視。
植物性タンパクが身体に良いことは分かっていても、かなり意識して食事をしないと植物性タンパクがメインの食事にすることって難しいなりよね。
ただ、これもバランスの問題で、どちらか一方に偏った食事をすると身体に良くないということであって、決して動物性タンパクが悪いということでは無いなりよ。
あくまで理想は動物性タンパク:植物性タンパク=5:5なりが、今の日本はこの比率が7:3とか8:2とかになってしまっているなりね。
余談なりが、昔の日本は植物性タンパクをメインにした食事の生活をしていた為に、欧米諸国に比べると極端に平均寿命が短かったのだとか。
日本も戦後徐々に欧米の食事スタイルである肉食(=動物性タンパク)がメインの食事に変わってきたことで、いまや平均寿命は世界一に。
古来から動物性タンパクをメインとして食事をしてきた欧米諸国に比べて、ベースに植物性タンパクをメインとしてきた日本は、そこに動物性タンパクが加わることでパワーが倍増したなりね。
この急速な平均寿命の延びは世界的に見ても異例中の異例。
ただ、急速に食生活が変わった歪みからか、糖尿病にかかる日本人が非常に多いという事実があることも見逃すわけにはいかないなり。
手っ取り早く植物性タンパクをとるには、やはり豆が一番。
「どうも最近肉しか喰ってないな」と感じてしまった人は、とりあえず豆を使った料理を一品加えるようにしてみては。
って、まだコ○助も若いのに「マメ喰え〜マメ喰え〜」っておばあちゃんみたいなり(笑)。

2003年01月20日 (Mon)
※しばらくの間、諸事情により過去の「今日のなりなり。」からピックアップしたものをお届けしますなり。
今日は2001年2月12日の「コ○助と料理」のお話を。

【2001年2月12日「コ○助が料理が好きな訳の巻」】
皆さん料理するのは好きなりか?
コ○助は料理を作るのが大好きなりよ。
和・洋・中、だいたい何でも作れるなりが、特に得意(というか、好き)なのは中華なり。
コ○助が料理に関して興味を持ち始めたのは、何を隠そう「ミスター味っ子」がきっかけだったなり(笑)。
「ミスター味っ子」ご存じなりか?
週刊少年マガジンに連載されていた寺沢大介の初期の作品なりね。
寺沢大介は「将太の寿司」なんていう最近の作品もあるので、ご存じの人も多いかと思うなりが、彼の料理マンガの原点はやはり「ミスター味っ子」なり。
コ○助はアニメ版の方は一切見たことがないなりが、マガジンに連載されていたものは欠かさず見ていたし、単行本も全部持っていたなりね。
小学生だったコ○助は、この漫画を見て料理とはなんぞや、ということを教わった気がするなり。
いまだにカレーにインスタントコーヒーを入れるのはどうかと思うなりが(笑)。
次に影響を受けたのはやはり料理マンガの代名詞「美味しんぼ」なり。
小学校の時には「美味しんぼ」の存在を知ってはいたものの、その画風が受け入れられず読まないでいたなりが、中学生になった頃から自然と読めるようになったなりよ。
大人になるってのはこういう自然な変化の事を言うなりね(笑)。
最近はマンネリしている気がして栗田と山岡が結婚したくらいから一切読んでいないなりが、昔はハマったなりね。
「美味しんぼ」はビックコミックスピリッツに連載が始まったのが1983年なので、「ミスター味っ子」よりも前に「料理で対戦」するというコンセプトを打ち出した、革命的な作品なり。
このマンガで知らない食材や、簡単な調理法などを真面目に習った気がするなりよ。
ニョクマムとかバルサミコとかしょっつるとか、中学生にして当時としてはマニアックな食材・調味料を知っていたコ○助はやっぱりこのマンガの影響を抜きには語れないなりね。
「ミスター味っ子」「美味しんぼ」と時系列が続けば、最後に来るのはやはり「料理の鉄人」。
小学校や中学校でマンガの中で見てきた「料理で対戦」のコンセプトが、まさに映像として流されていることに対する衝撃ったら無かったなりよ。
コ○助は「料理の鉄人」が日曜日の夜10時半、あの日本テレビ系「電波少年」の裏でやっていた初回から見ていた程の値狂的なファンだったなり。
1993年頃の話なりか。
日曜枠でやっていた頃の「料理の鉄人」って、多くの皆さんが持っているであろう現在の「料理の鉄人」のイメージとは全然違うなりよ。
だいたい30分枠だったし、挑戦者の予選とかから放送していたなり。
当初の予選は何だか素人っぽい料理を出す挑戦者が多くて、今と比べると挑戦者を集めるのに苦労したのだな、という印象がひしひしと伝わっていたなりね。
だいたい「キッチンスタジアム」もあんなに豪勢じゃ無かったような。
で、この番組で陳健一に出会っちゃったなりね。
今でももちろんファンの多い陳健一なりが、コ○助も大ファンなりよ。
この初回から登場している陳健一は、いつもニコニコしながら料理を作っているなりよね。
「料理を楽しく作る」という、基本的な部分のように思えるものをテレビで初めて見たなりよ。
「金子信雄の楽しい夕食」 の金子信雄は酔っぱらって楽しそうだったなりが、根本的に料理に対する楽しさとは違ったような気がするなり。
「夕食ばんざい」の結城貢は怒鳴ってばかりで恐いし(笑)。
「キューピー3分クッキング」の先生はいつも落ち着いたトーンで話をして、全然感情が現れていないし。
テレビでそれまで見ていた料理番組ってとにかく「料理は楽しい」ということを伝えられていなかったんじゃないかと思うなり。
技法やら調味料や食材の種類を知ったということよりも、その根本の「料理は楽しい」ということを「料理の鉄人」はコ○助に教えてくれたなり。
そんなわけで、この3つのマンガとテレビ番組によって、コ○助は料理大好きっ子になってしまったなりよ。
家の調味料とか見ると凄いなりよ。
オイスターソースとか豆板醤なんて当たり前、X.O醤や干しエビ、干し貝柱、ナンプラーからトムヤンキューブまで、そこそこのスーパーで揃うような調味料が揃いまくりなり(笑)。
料理は本当に楽しいなりよ。
男の人で料理をしない人は多いなりが、一度やってみると良いなり。
自分の想像している味が出せた時の感動と言ったらないなりね。
外食して美味しいと思ったものを、どうやって味付けしているのかを考えて、それを再現できた時の喜びといったら最高なりよ。
皆さんもぜひ料理をしませう。
ところで全く関係無いなりが、「料理の鉄人」の初期に出ていた審査員の「かの魯山人の愛弟子」こと、平野雅章氏は急にテレビに出なくなってしまったなりが、どうしてしまったなりかね。
「かの魯山人の愛弟子」の肩書きが気になって、かなり記憶に残っているなりが、急に「料理の鉄人」から姿を消したのでどうしているのかな、と思うなり。
高齢だっただけに・・・。
なんてことも考えてしまうなり。
どなたかご存じの方いるなりか?

2003年01月19日 (Sun)
※しばらくの間、諸事情により過去の「今日のなりなり。」からピックアップしたものをお届けしますなり。
今日は2001年12月12日の「チュッパチャプス」のお話を。

【2001年12月12日「チュッパチャプスとコ○助の巻」】
ビックリマンチョコですら60円もする昨今、30円という低価格を保ち続けるチュッパチャプスには拍手を送りたいなり。
チュッパチャプス、皆さんは好きなりか?
コ○助は子供の頃から駄菓子屋に行くとチュッパチャプスをよく買っていたなりよ。
あめ玉に棒がついている。
言ってしまえばそれだけのことなりが、そのスタイルが非常に子供心をくすぐるところなり。
チュッパチャプスが駄菓子かどうかというのは賛否が分かれるところなりが、まあ駄菓子屋ではどこでも売っていたアイテムなりね。
チュッパチャプスはもともとはスペインのお菓子。
スペインのチュッパチャプス社というメーカーの看板菓子なり。
コ○助の中ではかなりアメリカンなイメージがあったなりが、スペインが発祥だったなりね。
日本にやってきたのは、森永製菓が輸入を開始した1977年。
昭和52年のことなり。
コ○助が1歳の時に国内での販売が開始されたので、まさにコ○助はチュッパチャプスと共に成長を続けてきたという感じなりか。
それだけに、ほかのどの世代の人たちよりも思い入れが強いのは確かなり。
コ○助の記憶では、発売が開始された25年近く前から1個30円という価格は変わっていないはず。
30年前から価格が変わらず、「物価の優等生」とまで言われている卵と同じくらいの優等生ぶりなり。
そんなチュッパチャプス。
駄菓子屋は少なくなってしまったなりが、しっかりとコンビニで気軽に買えるのが嬉しいなりよね。
2001年はミルクコーヒー、チェリー、パイナップル、グレープ、プリン、コーラ、マンダリンオレンジ、ストロベリークリームの8種類の味が発売されており、コ○助はこの中ではグレープとコーラがお気に入りなり。
なにげに、プリンには興味があるものの、まだ手を出したことが無いなりよ。
プリン味のあめなんて食べたことがないので、味の想像ができないなり。
30円なのでとりあえず買ってみれば良いのは確かなりが、なかなか手が出ないでいるなり。
おいしいなりかね。
今度チャレンジしてみるなり。
コ○助がチュッパチャプスを舐めるのは、最近は散歩をする時が多いなり。
それは安価であることに加え、時間を計るのに便利だからという理由があったりするなり。
たしか昔のチュッパチャプスのCMには、「30分は舐められる」というようなコピーがついていたと思うなりよ。
どなたか覚えている方、いらっしゃるなりか?
人によってその時間は微妙に異なるかもしれないなりが、コ○助の場合は平均すると約35分ほど持つことが分かっているなり。
コ○助は散歩をする時間はだいたい1時間。
なので、散歩開始と同時にチュッパチャプスを舐め始め、舐め終わったら折り返し。
そうするとだいたい1時間程度で散歩が収まるなりよ。
これ、結構便利なり。
って、時計見れば良いとか突っ込まない(笑)。
安くて、美味しくて、懐かしい気持ちにさせてくれるチュッパチャプス。
これからも永遠の定番として、販売を続けて欲しいものなり。

2003年01月18日 (Sat)
※今日からしばらくの間、諸事情により過去の「今日のなりなり。」からピックアップしたものをお届けしますなり。
今日は2001年6月4日の「メンコ」のお話を。

【2001年6月4日「思い出のメンコの巻」】
机の中を整理していたら、大量のメンコが出てきたなり。
コ○助は昭和51年生まれということもあって、いわゆるメンコ世代とは違うなりが、でも小学生の頃にはめちゃくちゃメンコしまくったなりよ。
学校の休み時間になるとすぐに廊下に出てメンコ大会。
毎時間終了後の10分休みはひたすらメンコ、メンコ、メンコ。
昼休みは校庭でドッジボールやフットベース(いわゆるキックベース)などの球技を楽しむのでさすがにメンコはしなかったなりが、放課後はまたメンコ、メンコ、メンコ。
そんな生活が小学校4年生くらいから6年生くらいまで続いていたなり。
これはコ○助が高校生くらいになって、周囲の友達に聞いて初めて知ったことなりが、あまりコ○助の世代ではメンコってやらなかった人たちが多いようなりね。
さすがテレビゲーム世代、現代っ子なり。
コ○助がよく使用していたメンコは「聖闘士星矢」や「機動戦士ガンダム」といった、コ○助の世代にマッチした絵柄のメンコだったので、しっかりと当時は生産されていたのだと思うなりが、驚くほどコ○助の周囲の友達はメンコをやったことがないというなり。
メンコにそもそも正式なルールがあるのかどうか分からないなりが、コ○助たちは結構単純なルールで行っていたなり。
まず、基本的には相手のメンコの近くに自分のメンコを叩きつけて、その風圧で相手の絵柄を裏返しにすれば自分のものになる。
これは、メンコの基本中の基本なりね。
次に、自分のメンコが相手のメンコの下に潜り込み、完全に相手のメンコが浮いた状態になると、相手のメンコは自分のものになる。
これは「サバ」と呼ばれる技法で、メンコの滑りが良くないとできないワザだったなり。
なぜ「サバ」と呼ばれていたのか、そしてどの地域、どの時代でも「サバ」と呼ぶのかどうかは分からないなりが。
「サバ」の発展系で、相手のメンコの下に自分のメンコを滑らして、その勢いで相手のメンコを裏返すという大技が、当時一番「格好良い」取り方だとされていたなり。
ルールとしてはこんなものだったなりか。
裏返しにされてしまったメンコは、本当に相手に取られてしまうのでかなり真剣勝負だったなりよ。
皆、少しでも多くのメンコをゲットするために、あの手この手で自分のメンコをパワーアップさせるなり。
例えばロウ。
メンコにロウを塗ると、めちゃくちゃ滑りが良くなって「サバ」が決めやすくなるなりね。
小学生くらいだと、あまりロウソクを購入する機会というのはないと思うなりが、当時のコ○助たちは仏壇用のロウソクとかをみんなで購入して、使い回したりしていたなり。
変な小学生なりね(笑)。
他にはセロハンテープを貼ってみたり、クタクタに紙を萎えさせたりと、人それぞれの「改造」を施して勝負に望むわけなり。
そのため、結構「改造」をしたメンコには愛着が湧いたりしちゃうわけなり。
それを人に持って行かれるとかなり辛いものがあるなりよ。
ここらへんは最近流行っているカードゲームよりも、手塩にかけて愛着が湧いているものを持って行かれるという点でシビアかもしれないなり。
メンコには角メン(長方形)と丸メン(丸型)があって、角メンはみんな同じ大きさなりが、丸メンは大小さまざまな種類があるなり。
コ○助が見た最大の丸メンは、小学生の子供の顔よりも大きいものだったなり。
そんな大きな丸メンを持ってきた奴は、「ズルい」と言われながらも、羨望の眼差しを送られていたりしたものなり。
どんなに相手が大きな丸メンを持ってこようとも、自分の現有戦力である角メンで闘わなければならないというこの難しさ。
例えるなら、ビグザムに向かっていくガンダムのように。(←分かる人にしか分からないなり)
そんな相手には何人かで一斉に「サバ」を仕掛けるなりね。
要は丸メンの下に何枚も角メンを滑り込ませて、完全に浮き上がらせることで打ち負かせれば良いわけなり。
ここで生まれるのが「同盟」という意識なりね。
そんな風に、いろいろな駆け引きを楽しむことができたのがメンコだったなり。
コ○助が小学生の頃くらいまでは、少なくなったとはいえ駄菓子屋が結構存在していたなりよ。
なので、そこでメンコを購入しては自慢し合ったりしたものなり。
きっと、今の子供達もメンコをやってみれば面白いと思うなりよ。
でも、メンコで遊ぶ環境が無いので遊んでみることすらできないというのは、ちょっと可哀想だったり。
ちょっと調べてみたら、ポケモンのメンコなんてのがあるらしいので、メンコは今でも製造自体はされているようなり。
ただ、それが単純にコレクターズアイテムとして存在しているだけなのか、はたまたコ○助が子供の頃にやったのと同じように遊ばれているのかは微妙なところなりが。
いったいどっちなりかね。
コ○助は前者のような気がするなりが・・・。
あんなに面白いゲームがこの世から無くなりつつあるというのは、なんだか惜しい話なり。
Narinari.comを見てくれている人たちは若い人たちが多いようなので、メンコの想い出なんてないかもしれないなりね。
この話題を共有できる人たちは、果たしているなりかね・・・。
ちなみに、コ○助が机の奥から発見したメンコは全てガンダムのメンコで、新品同様だったなりよ。
今、コ○助と一緒にメンコで遊んでくれる人がいたら、速攻で遊びに行くのに(笑)。

2003年01月17日 (Fri)
買っちゃった。
買っちゃったなりよ、またドラマのDVD-BOXを。
まあ以前から買おうとは思っていたなりが、いざ2万円近いお金を出すとなると若干の抵抗が生まれてしまい、一瞬躊躇したものの、そこはネットでのお買い物。
動作はマウスをクリックするのみ、決済はカードで簡単。
恐ろしい世界なりね、ネットでのお買い物は。
いつも感じていることではあるものの、実店舗で購入するよりも「買った」感覚が薄いので、自分で注意しておかないと後で請求書を見てびっくりすることになるなりよね。
特にCDやDVDは1つの単価が高いわけでは無いので、気が付いたら「おいおい、今月はこんなに買ったのか」と後でビックリすることもしばしば。
コ○助は、かつては「ドラマのDVD-BOXなんて高くて買えない」と思っていたなりね。
だいたいどんな連続ドラマでも4〜5枚組で2万円前後という価格帯なので、1枚換算すると4000〜5000円程度なりか。
映画のDVDが1枚1500円からというご時世で、4000〜5000円はやはり割高感があるなり。
まあそもそも映画は2時間前後、ドラマは10時間前後という尺の違いもあるので、一概に「ドラマのDVD-BOXは高い」と言えるわけではないなりが、それはあくまでも映画との比較での話であって、単純に趣味のものに2万円前後の金額を投資するのはやはり高いかな、と。
コ○助が初めて購入したドラマのDVD-BOXはフジテレビ系ドラマ「恋ノチカラ」だったなり。
これは昨年お話したことがあるのでご存知の方も多いかと思うなりが、テレビでの再放送を見ていてハマってしまったものの、自分の不手際で最後の数回を見逃してしまったため、先が気になって仕方が無くなってしまったなりよ。
そのためレンタルビデオに走るという手もあったなりが、作品として好きになっていたこともあって思い切ってDVD-BOXの購入を決意。
奮発して買った「恋ノチカラ DVD-BOX」は、思っていた以上にコ○助の中では満足度が高く、以降何度か見直すほど見ていたりするなり(笑)。
このDVD-BOX購入を機に、コ○助の中にあったドラマのDVD-BOXを購入することに対する抵抗がスッと無くなったなりよ。
まあ投資額は高いなりが、手元にあることによって得られる満足度も高いかな、と。
そして、昨秋にテレビで放送されていた当時からDVD-BOXを狙っていたドラマ。
ニュースの方では何度かコメントをしたことがあったなりが、低視聴率ドラマ「マイ・リトル・シェフ」のDVD-BOXを、昨日購入してしまったなり(笑)。
えぇ、低視聴率だったなりよ、思いっ切り。
「マイ・リトル・シェフ」はこれまで脇のイメージの強かった矢田亜希子が主演という、TBSの冒険作だったなりが、民放各局が全体的に昨秋ドラマが不振だったとはいえ、「マイ・リトル・シェフ」はかなりの低空飛行。
でも、コ○助はこのドラマの雰囲気や阿部寛、上戸彩、風間杜夫、梶原善、市毛良枝といった、結構好きな役者さんが出演していたので楽しんで見ていたなりよ。
コ○助の趣味でもある料理を題材にしたドラマだったのも、楽しく見ていた理由のひとつなりね。
「マイ・リトル・シェフ」のDVD-BOXは5枚組19000円。
まだ先に集め始めた「私立探偵 濱マイク」も6巻までしか購入していないのに、先に「マイ・リトル・シェフ」に手を出してしまったなり・・・。
既にお気づきの方もいるかと思うなりが、「恋ノチカラ」と「マイ・リトル・シェフ」に共通するのは矢田亜希子。
えぇ、矢田亜希子にやられているなりね、思いっ切り(笑)。
そんなわけで配送されてくるのを心待ちにしているわけなりが、そんな浮かれコ○助の元に友人から一通のメールが。
「『オケピ!』のチケット取れたよ!」。
「オケピ!」とは三谷幸喜が手掛ける舞台作品で、今年3月から再演されるものなりが、一部で先行予約が始まっていたので友人を介してチケットの手配をお願いしていたなりね。
でもこれまで何度挑んでも手にすることができなかった超人気の三谷幸喜作品。
今回もチケットが手に入るとは思っておらず、半ばダメもとで予約申込みをお願いしてあったなりが、抽選の結果見事に当選。
やった!やった!念願の三谷幸喜の舞台を生で見られる!
と、思ったものの、チケットの価格は1枚12600円(SS席)。
ペアチケットでお願いしてあったので、計25200円。
うが!「マイ・リトル・シェフ」のDVD-BOXは限定発売モノでは無いので、こんなことなら来月購入すれば良かったなり・・・。
コ○助がDVD-BOXの「購入」ボタンを押す前にメールくれよ・・・とぼやいてみたものの、まあ嬉しいことなので良しとするなりか。
そんなわけで今月は趣味にお金を投じすぎたので質素に生きなければ。
当分はバナナ中心の食生活で生き抜いて行こうと思いますなり。
バナナ安いなりよね。
近所のスーパーで6本105円だったなりよ。
って、その話も続けると延々と長くなるので、今日はこの辺で。

2003年01月16日 (Thu)
玩具メーカーのタカラが、長年親しまれてきた玩具「チョロQ」をモチーフにした電気自動車を製造・販売するために設立した会社「チョロQモーターズ」から、昨日新車が発表されたなり。
発表されたのはひとり乗り用のコンセプトカー「U」と、折り畳み式原動機付き自転車POPED (ポペッド) シリーズ「tu (トゥ)」の2車種。
「U」は昨年発売された第1弾「Q-CAR」に次ぐ第2弾の電気自動車なりが、コ○助の関心はこちらではなく、電気で動く原動機付き自転車「tu」の方に向けられていたなり。
原動機付き自転車、つまりは原付バイクのことなりが、この「tu」、なにげにコ○助の心をガッチリ掴んでいるなりよ。
電気式の原付バイクというと、昨年10月にヤマハが発表し、11月に地域限定発売された「Passol」があるなりが、これにもコ○助は微妙に心を掴まれかけていたなりね。
もともと原付バイクは欲しかったということもあるなりが、「Passol」は20万円という価格はネックではあるものの、最新の製品というミーハー意識も手伝って興味が湧いていたわけなり。
ただ、電気で動くということに対して、ひとつの疑問が。
カタログを見ると1回の充電で走行できる距離は32kmと書かれているなりよ。
そうなると、「Passol」に乗ってお出かけした場合、往復して自宅まで戻ってくる場合には片道16kmまでの範囲でしか実用的に動くことができないじゃないなりか。
仮に片道16kmの範囲を超えて走ってしまった場合、途中で電気が切れてしまうことが当然起こりうるわけなり。
問題はその時、給油ができるわけではないので動力を失ってしまうということ。
どこかでコンセントを借りるにしても、充電時間は約2.5時間。
そう思うと電気で動くが故に、行動範囲がグッと狭まるなぁ、と。
なのでコ○助の中では「Passol」はそれほど有力な選択肢として浮上はして来なかったなりね。
まあ原付バイクでそれほど遠出するな、ということなのかもしれないなりが。
一方、今回チョロQモーターズから発表された「tu」は「Passol」よりも確実にコ○助の心を掴んでいるなりよ。
なぜなら理由は簡単。
「tu」には「Passol」には無いペダルが付いているなりよ(笑)。
電気で動く、ペダルの付いた自転車。
そう言うとナショナルの「エクセレントViVi」シリーズやヤマハの「パススマイル」シリーズといった、いわゆる電動アシスト自転車、電気自転車という類の製品を思い浮かべるなりが、「tu」はあくまでも電気で動く原動機付き自転車。
つまり、ペダルを漕ぐ時はシンプルな自転車として機能し、スイッチを切り替えると原付バイクとして機能するという製品であり、原動機がペダルを漕ぐのをアシストしてくれるというわけでは無いなりね。
どういう事かと言うと、要は原付バイクとして移動している時にバッテリーが切れた・・・そんな場合でも、スイッチを切り替えれば自転車として機能するので、体力は使うものの、そのまま走り続けることができるということなり。
「tu」の連続走行距離は4時間の充電で最大20km。
一応30kmまで走れる「エクステンドパック」も発売されるのだとか。
ペダルが付いているので、体力に自信があれば片道最大15kmに制限する必要も無いし、なかなか悪くないなりよ、これ。
・・・と、製品発表の報道を見ながら思っていたなりが。
普通、自転車って重量が10〜15kgくらいじゃないなりか。
当然といえば当然なりが、「tu」は原動機を積んでいる分かなり重くて、重量は30kg。
これを漕ぐのは・・・相当大変っぽいなりね(笑)。
なので思っているよりも実用的では無いような気がするので、コ○助は早くも今回は購入見送りを決定。
素直に普通の原付バイクを買えば良いという声もあるなりが、まあのんびりと新製品を見ながら考えるのも楽しいじゃないなりか。
と、いうわけで、どこまで本気かも今イチ自分でも分からない、コ○助の原付バイク探しの旅はまだまだ続くなり。
願わくば、重量15kgくらいで、連続走行距離が最大60kmくらいの電気で動く原付バイクが発売されないなりかねぇ。
恐らく将来的には実現すると思われるので、そんな製品が早く出てくることに期待したいものなり。