トシちゃん“ジャニーズ合宿所”の間取りや生活を振り返る

2023/05/30 00:36 Written by Narinari.com編集部

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歌手でタレントの田原俊彦(62歳)が5月26日、自身のYouTubeチャンネル「田原トシちゃんねる!」を更新。ジャニーズ合宿所の間取りを紹介しながら、当時の様子を振り返った。

田原はまず、ホワイトボードに間取り図を描きながら、6歳から18歳まで暮らした山梨・甲府の家について話し、続けて「この次はね、東京のね、飯倉片町の合宿所(ジャニーズの寮)ですね。合宿所は、僕の家の10倍ぐらい大きかったね。間違いなく150平米、そのぐらいはありましたね」と、その広さを説明する。

そして「合宿所懐かしいな」「ここが玄関だとしたら、こう廊下がこうあって、1部屋ここにあって、もう1部屋ここにあって、リビングがここにドーンてあって、ここに風呂があったなぁ…」と、スラスラと間取り図を描いていき、「(リビングは)鏡がバーっと貼ってあって、ここで踊ったりレッスンできる。広かった。みんなでワイワイガチャガチャ言いながら、稽古場みたいな雰囲気で」「人前で何かやるってことが稽古みたいな。恥ずかしがんないで、どこまでできるか、みたいなのを」と懐かしんだ。

また、「(合宿所は)だいたい2人(部屋)。ジャニーさんはたぶんここですね。ジャニーさんの部屋。ジャニーさんのデスクがここ(リビング)にあって」と、ジャニー喜多川氏の部屋についても言及。スタッフから「ジャニーさんもお住まいだったんですか?」と聞かれると、「もちろん、ここがジャニーさんの住まいですよ(自宅を寮にようにしていた)」と答えた。

田原によると、飯倉片町の合宿所は「2年ぐらいしかいなかったな。ここに住み始めて僕は1年後にはもうデビューしてたんで。そしてそれから原宿の合宿所に移動するっていう。1978年に僕は甲府から出てきて(飯倉片町の合宿所に入寮)、79年に金八先生が始まって、80年にデビューしたんですけど。だから1981年にはもう原宿に引っ越してきたという感じで」と、時系列順に当時を振り返った。

原宿に移転した合宿所についても、ホワイトボードに「ここ玄関で、ドーンってリビングがあって、ここに部屋があったな…こうで、ここに風呂があったな。こんな感じ」とスラスラと間取りを描いていき、「飯倉片町が150平米だとしたら、原宿は250平米。表参道の路面のワンフロア。リビング、40畳はあったなぁ」と、とんでもなく広かったとのこと。

原宿の合宿所では「(ジャニーさんの部屋の隣が)僕の部屋。(一人部屋で)20畳ぐらいあったんじゃない?」と、自身の部屋も広かったそうで、「ジャニーさんの部屋にも(合宿所の風呂とは別に)風呂があったな」「マッチ、少年隊の3人、男闘呼組もいたなぁ。後半には光GENJIの子たちもいたし」と、豪華なメンバーが合宿所で生活していたことを明かした。

田原は「ここに僕はね、6年ぐらい住んでたんですよ。一番長く住んだ。みんなそれぞれ出てくのに。『楽だなこれは』みたいな。ナンバーワンですから、僕が中心に食事も回るし、お風呂も一番。でもこの人(トシちゃん)忙しい。帰ってくるのはてっぺん回ってから、朝は8時から出かけちゃうから、もう本当寝に帰るっていう」といった生活だったそう。ただ、給料とは別に何千万円という、ケタ違いの歌唱印税を手にしていたため、渋々ながら自身で購入したマンションに引っ越し、合宿所生活を終えたそうだ。



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