なかにし礼さん死去、「北酒場」細川たかしがコメント

2020/12/25 12:10 Written by Narinari.com編集部

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作家・作詩家のなかにし礼さんが、12月23日、心筋梗塞のため亡くなった。82歳だった。

なかにしさんは1938年、中国黒龍江省牡丹江市生まれ。立教大学在学中よりシャンソンの訳詩を手掛け、「知りたくないの」(1964年)のヒットを機に作詩家となり、「今日でお別れ」(1967年)、「石狩挽歌」(1975年)、「時には娼婦のように」(1978年)、「北酒場」(1982年)など、約4000曲の作品を創るヒットメーカーとして活躍を続けた。「天使の誘惑」(1968年)ほかで日本レコード大賞を3回、同作詩賞を2回、またゴールデンアロー賞など受賞歴多数。

その後作家活動を開始し、小説「兄弟」(1998年)を発表。次作の「長崎ぶらぶら節」(1999年)で第122回直木賞を受賞。満州からの引き揚げ体験を描いた「赤い月」(2001年)は100万部に迫るロングセラーになり映画化もされ、「てるてる坊主の照子さん」(2002年)は「てるてる家族」としてNHK連続テレビ小説で放送された。

2012年に食道ガン、2015年3月に食道横のリンパ節に再発したが克服。1か月ほど前から持病の心臓病が悪化していたという。  

なかにしさんの訃報に接し、「北酒場」などの細川たかしは「なかにし礼先生の訃報を聞き、また一人昭和の偉人が亡くなってしまい残念でなりません。長い間闘病されていたと聞いていたので今は天国でゆっくりとお休み下さいと祈るばかりです。先生とは私のデビュー曲『心のこり』を作詞して頂いたのが最初の出会いでした。『私バカよね おバカさんよね』冒頭の歌詞が余りにインパクトが強く、よくキャンペーンなどで子供に『あっおバカさんが歩いてる』などと言われる程でした。元々タイトルが『私バカよね』でしたがデビュー曲でこのタイトルは可哀想だと先生が『心のこり』と付けてくれたんです。 その七年後『北酒場』も先生の作品で私にとっての代表曲です。先生本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りしております」とコメントを寄せた。

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