フランスに“沈みかかっているような船”を製作した芸術家がいる。斜めに傾き、船体の半分が水面に顔を出しているようなこの船は、その状態で安定するように設計されているもの。しかし、実際に海原で目撃した沿岸警備隊が駆けつけることがあるというほど、なんとも紛らわしい代物だ。
この船を製作したのは、フランス人芸術家のジュリアン・ベルティエさん。1975年生まれの彼は、1998年から主にデザイン画や創作物の作成を始め、欧州を中心にさまざまな展覧会に作品を出品しているアーティストだ。彼の公式サイトにはこれまでに生み出した数多くの作品が掲載されているが、その中でひと際インパクトを放つのが2007年製作の「Love love」という船の作品。何も知らない人が見たら、間違いなく“沈みかかっている”と勘違いするであろうこの作品は、「ボートが消えるほんの数秒前の瞬間をそのまま留めたかった」(英紙デイリー・メールより)との発想から製作されたという。
水面から半分だけ顔を出し、斜めに傾いた船体。本来は垂直に立っているはずのポールも、斜め45度の状態だ。この船は普通のボートを前後で2つに切り、切断面をガラス繊維素材で塞いだそうで、傾いた状態で安定するように作られている。船にはモーターが取り付けられ、そのまま自走することも可能。その様子は動画(//vimeo.com/4530080)などでも公開されている。
実際に動画を見てみると、最初に出てくるのは海に浮かぶ「Love love」の姿。穏やかな波の音やBGMとは裏腹に、その映像はどう見ても沈没寸前の船にしか見えない。しかし、その状態から沈みも浮かびもしない船が海面をゆらゆらと漂う様は、ちょっぴりシュールな印象だ。
船の大きさは縦6メートル、幅2.5メートル、高さ5.5メートルだが、海の上に出た様子からは人が自由に動けるようなスペースはあまりなさそう。お世辞にも快適な乗り物とは言いづらいが、それでも静かに泡を立てながら港の中をボートがゆっくり自走しているシーンは、それなりに楽しそうではある。ただ、動画の最後に登場するマリーナで整然と並ぶボートに囲まれながら停泊している様子は、“異様”という言葉がピッタリなほど不思議な光景だ。
「ボートに乗るのが好き」と話すベルティエさんは、当然予想される周囲の反応もお構いなしに、この船で海や湖へよく繰り出すそう。そのため、何も知らずに目撃した人たちからは勘違いされることも多いようで、例えばドイツの湖に浮かべようとしたときには、事前に警察や港の関係者から警告を受けながら出港。船を見た人が助けを呼んだり、20人以上の人が実際に救助へ向かう騒ぎを起こしたという。それでもベルティエさんは、「博物館やギャラリーだけでなく、日常生活の中で私の作品を見てもらうのが重要だ」と語り、むしろこうした注目を喜んでいるようだ。