異国で“和”を伝え続けて30年、老舗和菓子店「とらや」の苦労と挑戦。

2010/02/14 11:09 Written by Narinari.com編集部

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まだ日本が室町時代だった1520年代に京都で創業後、現在まで500年近くにわたって続く老舗の和菓子店「とらや」。日本が誇る和菓子の伝統を守りながら、常に新しい感覚を取り入れ、時代のニーズに沿った展開も見せている名店のひとつだ。そんな「とらや」は和菓子、ひいては“日本の心”を海外にも伝えるべく、1980年10月にはフランス・パリに進出。パリの人々から愛され続け、今年、ついに30周年という大きな節目を迎える。パリの「とらや」はどのようなお店なのか、ナリナリドットコムのフランス特派員が店舗を訪れ、支配人とシェフにお話もうかがってきた。(※取材は昨年秋に行ったものですが、30周年タイミングに合わせて公開いたします)  

◎「とらや パリ店」を訪れてみた

テュイルリー公園やマドレーヌ寺院などがある1区のサンフロランタン通り沿いの「とらや パリ店」を訪れたのは、昨秋のある土曜日のこと。同店は商品の販売コーナーと、喫茶「虎屋菓寮」(サロン・ド・テ)があり、予約をしなければ飛び込みのランチは難しいことも多いほど賑わいを見せている。「虎屋菓寮」では和菓子や日本のデザート、和食の軽食などを楽しむことも可能だ。

同店では日本では販売されていないオリジナルの和菓子も提供されており、例えば「焼き林檎羊羹」は、口いっぱいにフルーティーな甘さが広がる白あんの羊羹。羊羹としては邪道な組み合わせかもしれないが、あんこが苦手な人が多いフランスでは良いのかもしれない。

「餡トリュフ」と「餡ブッション」もパリ店のオリジナル商品。「餡トリュフ」はブランデーに漬け込んださくらんぼ入りの小倉あんをチョコレートでコーディングした菓子、「餡プッション」はワインのコルク(プッション)の形をしたオレンジピール&プラム入りの小倉あんの菓子で、いずれもあんこの風味は後味にサラリといった具合に仕上げ、和菓子のテイストを上手く残しながら、フランス人でも楽しめる味わいとなっている。

この日は「虎屋菓寮」でランチをすることに決め、季節の変わりメニュー「アボカド蟹丼」を注文。器のふたを開けると海苔の香りが漂い、それだけでも“和”を感じられるメニューだ。ほぐした蟹の身やアボカドを和風特製ドレッシングで味付けしていて、醤油などの強い味はほとんどなく、上品な仕上がりに。ごまの風味もあり、少し隠し味的にガリも効いている。量はそれほど多くはないが、美味しい一品だ。

付け合わせには薄味ながらしっかりと京風の味付けがされているいんげんとランプフィッシュキャビア(ランプサッカー[ダンゴウオ科の海産魚:卵はキャビアの代用品として食用とされる])の小鉢、茶碗蒸し、季節の生菓子(※このときは秋の味覚・柿を模した白あんの生菓子)が添えられている。

一通り食べたあと、食後にもう少し甘いモノを……と、「ポワール羊羹」も注文。ポワールは洋なしのことで、ブランデーの風味が効いた洋なしが入っているパリ店オリジナルの羊羹だ。そのお味は甘くて優しいキャラメル風味で、羊羹ぽさがあまりない意外なもの。ざっくりとした洋梨の繊維質を残したまま、みずみずしさにリキュールを強調した洋風の甘さで、後味にキャラメルの香ばしいかすかな苦みでサラリとさせている。名品と言っても良いだろう。


◎パリで和菓子店を営むということ

今回、「とらや パリ店」の支配人を務める市原淳子さんと、パリ在住10年の吉田太シェフにお話をうかがうことができた。

「とらや」がパリに店を構えたのは今から30年前の1980年のこと。当時はまだ現在ほど国際間の物流が発達していない時代だけに、異国の地で和菓子を作る難しさを痛感させられたという。特に餡など、日本の食材の調達には苦労も多く、「(日本から輸入した食材が)いつまで経っても届かないと思って確認してみると、税関で捨てられていたことも」あったそうだ。どうやら当時のフランスの税関では見慣れぬ食材が何なのか、よく分かっていなかったことが原因らしい。

余談だが、フランスの税関にまつわるエピソードにはこんな話もある。かつてひじきの個人輸入をしようとした人が逮捕されたケースがあった。海藻を食べる人が少ないフランスゆえに、乾燥したひじきが怪しげな植物の葉っぱだと勘違いされ、捕まってしまったという話だ。今ではこうしたことはないが、数十年前のフランスの状況はそれくらいの感覚だった。

話を戻そう。オープン当時のフランスにはほとんど浸透していなかった和菓子だが、現在はやや高めの年齢層(ジャポニスムの洗礼を受けた世代)を中心に受け入れられている。その背景には大きく2つのブームがあると考えられ、ひとつは茶道へと繋がる“禅”ブーム、もうひとつは健康食ブーム。油脂分が少なく、「食べて美味しく、見て美味しく、健康に良い」(市原さん)和菓子が浸透していったのは、こうしたブームの中では当然の成り行きだったのかも知れない。

ただ、「とらや」も日本のスタイルを押しつけるわけではなく、一本筋の通った和菓子や和食の伝統を守りながらも、フランスの文化や土壌をうまく融和させ、フランスの人々が好む味のアレンジも施してきた。そうした柔軟さが、異国の地で受け入れられた所以だと言っても良いのだろう。

ちなみに、「虎屋菓寮」で提供している和食は、醤油や化学調味料の力に頼らず、薄味で食材の魅力を引き出そうと努めているという。出汁がとりにくいという環境から、フランスの中華料理店や和食店、ラーメン店などでは化学調味料を使っているところも多いが、そこで妥協をしないのが「とらや」のこだわりだ。

フランスで可能な限りの最上級の和菓子文化と和食文化を伝え続ける「とらや」。在仏日本人として、その奮闘をこれからも大いに期待したいところだ。



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