「私は54年前に誘拐された」名乗り出た男性に全米騒然も、別人と判明。

2009/06/22 10:37 Written by Narinari.com編集部

このエントリーをはてなブックマークに追加


6月17日、ある男性の告白に全米が注目した。その告白とは「私は54年前、ニューヨークで誘拐された男児だと確信している」というもの。1955年に起きた未解決の誘拐事件が、50年以上の時を経て解決するかと、全米メディアが取材合戦を繰り広げ、男性を追いかけた。男性の相談を受けた地元警察も「完全に否定できない」と発言したことから、行方不明となった男児の家族や、男性の現在の家族も巻き込み、果たして話は本当なのかと市民はその行方に注目。しかし、DNA鑑定を進めていた米連邦捜査局(FBI)は、「男性は誘拐された男児と別人」と発表し、多くの失望を生む結果となってしまった。

今回注目された誘拐事件は、1955年10月31日に米・ニューヨークで起きた事件。当時3歳の誕生日を間近に控えたスティーブン・ダンマンちゃんと7か月の妹は、母親がパンを買いに店へ入る間、外で待っていた。しかし母親が店から出てくると2人の姿がなく、知人が近くで乳母車に乗った妹を見つけたものの、スティーブンちゃんはそのまま姿を消してしまう。

警察や5,000人にも及ぶボランティアの捜索が行われたが、スティーブンちゃんの発見に至ることなく、その2年後にフィラデルフィアで段ボールに入れられた男児の遺体が発見され、誰もがスティーブンちゃんだと思ったそうだ。数十年後のDNA鑑定の結果、この男児の遺体はスティーブンちゃんではないと判るのだが、結局誘拐事件は手がかりがなく迷宮入りに。米地方紙デトロイト・フリープレスによると、1957年にダンマン夫妻は離婚、それぞれ別の相手と再婚し、スティーブンちゃんの存在が語られることは無くなってしまった。

それから50年以上経ち、米ミシガン州カラカスカに住む、54歳のジョン・バーンズさんが突然「私はスティーブンかもしれない」と名乗り出て、大きな注目を浴びる。英紙デイリー・メールでは、ジョンさんは長い間、自分が家族とは何か違うと思い「両親が実の親ではない」と感じていたという。

また、米紙ニューヨーク・デイリーニュースでは、数年前からジョンさんは自分の過去を探ろうと、地元図書館に週5日通ったとされ、さらにインターネットで検索を重ねた結果、1つの事件にたどり着く。それが、スティーブンちゃんの誘拐事件だった。

右足ふくらはぎの後ろにある大きなほくろや、顔の右側にある傷あとなどの身体的な特徴も酷似していたことから確信を持ったジョンさんは、3月にニューヨーク・ロングアイランド警察へ相談。同時にスティーブンちゃんの妹で、事件当時7か月だったパメラさんに手紙と写真を送った。

相談を受けた警察は、ジョンさんとパメラさんの簡易DNA検査を実施したところ、「関係する可能性を否定できない」と発表。さらにはFBIへ詳細な検査を依頼し、スティーブンちゃんの家族も大きな期待を寄せ始めた。

ジョンさんは「99%間違いない」(ニューヨーク・デイリーニュース紙より)と語り、全米メディアもこぞってこの話題を報道。しかし、思いのほかあっさり物語は結末を迎えた。当初まだ1〜2か月かかると見られていたDNA鑑定について、FBIが6月18日夜に「ジョンさんはスティーブンさんと別人」という結果を発表する。市民と共にスティーブンちゃんの家族もこの結果に落胆し、父ジェリーさんは「解決するものと思ってたのに、結局何でもなかったのはとても残念」(デイリー・メール紙より)と、期待してただけにショックも大きかったようだ。

また、ニューヨーク・タイムズ紙は「ジョン・バーンズ一家にも大きな亀裂を残した」と報道。騒動の結果、ジョンさんの実の父親は、息子ジョンさんの今回の推測を「あまりにもバカ」とコメント。1955年8月18日生まれのれっきとした自分の息子と話している。実の妹のシェリルさんも、突然の兄の告白に驚き、兄弟を証明するためDNA検査を受ける気があったと話したが、結局それも必要がなくなった。かくして、ジョンさんの長年の思い込みは、多くの人の失望も巻き込む形で幕を閉じたことになる。

TOPへ戻る
このエントリーをはてなブックマークに追加

Copyright © Narinari.com. All rights reserved.