広辞苑に半世紀にわたる誤記発覚、「芦屋」の項目に須磨の内容。

2008/01/21 18:15 Written by コジマ

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1935年に誕生した「辞苑」(博文館)を引き継ぎ、55年に初版が刊行された岩波書店の「広辞苑」。1月11日には10年ぶりの改訂となる第6版が発売され、予約だけで34万部に達した。今回は「ニート」「メタボリック症候群」「メル友」「ブログ」「いけ面」など、1万語を新たに収載しているのだ。

ただ、かっこいい男性を表す「いけ面」ついて、サイト「語源由来辞典」の運営者は「いけてる」に英語の「メン(men)」が組み合わさったのが由来とし、朝日新聞に「『面』をかけるようになったのは後からで、まったく『メン』にふれないのは誤解を招く」と語っている。しかし、“国民的辞書”の地位を確立しているだけにネットでは「いけ面」の表記が出始め、同サイトには「広辞苑に従うべきだ」という投稿も来るようになったのだとか。

さて、それだけの権威を誇る広辞苑に誤った記述があることが発覚した。誤記は新たに収録された言葉ではなく、初版から収載されている「あしや(芦屋・蘆屋)」の項目。兵庫県の高級住宅地である芦屋市の説明を、半世紀以上も「在原行平と松風・村雨の伝説などの舞台」と誤記していた。

在原行平(ありわらのゆきひら)とは、六歌仙、三十六歌仙の1人である在原業平(ありわらのなりひら)の兄。美男子の代名詞となった弟に負けない「いけ面」だったようで、源融(みなもとのとおる)や藤原道長らとともに「源氏物語」の主人公・光源氏のモデルとされている。歌人としても、「古今和歌集」などに作品が収録されるほど有名だったのだ。

行平は文徳天皇(在位850〜858年)の時代に地方に流され、このときに松風、村雨という海女の姉妹を愛したといわれている。その伝説をもとに観阿弥、世阿弥が謡曲「松風」を作り、時代を経て浄瑠璃や歌舞伎、映画の題材ともなっているのだ。

広辞苑の表記はこの伝説について言及したものだけど、実はこの舞台は芦屋ではなく、須磨(神戸市須磨区)。須磨区には現在も松風村雨堂などの遺跡や、村雨町、松風町、行平町などの地名が残っている。どうやら、芦屋に別宅があったとされる業平と取り違えたようなのだ。

芦屋市立美術博物館の明尾圭造学芸課長は「国文学の世界では、芦屋を現在の市域よりも広くとらえることもできるが、広辞苑では芦屋市を説明する記述になっており、不適切」(神戸新聞より)としていて、岩波書店も「芦屋を行平のゆかりの地としたのは明らかな間違い。初版からの記述で執筆者は不明だが、改訂の際にもチェックから漏れていた。申し訳ない」(同)と非を認めている。この誤記は、増刷時に修正するのだそう。

権威ある広辞苑が間違えたことにも驚いたけど、半世紀以上も誰も気づかなかったことにはもっとびっくりしたのだ。ちなみに、大辞林の「芦屋」の項目には「在原業平ゆかりの地」と記されており、「須磨」の項目には行平について言及していない。

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