ブルートレインの「さくら」「あさかぜ」が来春引退。

2004/11/28 17:08 Written by コ○助

このエントリーをはてなブックマークに追加


コ○助がまだ鉄道好きだった子どもの頃に、写真を撮るのも実際に乗るのも大好きだったブルートレイン。鉄道の「て」の字も興味がない人に話をしても、それが寝台列車のことだと知らないと言われることもよくあるなりが、二段(もしくは三段)ベッド or 個室の客室を持ち、食堂車やシャワーなどを備え、「動くホテル」と呼ばれて来たのがブルートレインなりね。一般の旅行客のみならず、目的地に早朝に到着することから長年ビジネスマンにも愛されてきた列車なり。

ただ、近年は国内線の飛行機が格安になったことや、新幹線があちこちまで伸びたことで、一晩かけて移動するブルートレインの役割は終焉を迎えつつあるなりよね。これまでもたくさんの歴史有るブルートレインが引退、もしくは運行路線の縮小を余儀なくされてきたため、コ○助が子どもの頃に比べたらブルートレインの種類は激減してしまっているなりよ。そして来年の春には、ついにブルートレインの花形でもあった「さくら」と「あさかぜ」が引退することになったなり。

「あさかぜ」は1956年11月に東京−博多間を17時間25分で結ぶ夜行列車として運行を開始。1958年10月にブルーの車体が印象的な「20系」車両を導入し、これがきっかけで「ブルートレイン」という愛称が生み出されることになった「元祖ブルートレイン」なり。「さくら」は「さちかぜ」として1957年に東京−長崎を結ぶ夜行列車として運行を開始、1959年に「さくら」に改称され、現在は東京ー熊本を結ぶ「はやぶさ」に併設されるかたちで運行されているなりね。

コ○助は実は、「あさかぜ」には少し想い出があるなり。あれは民営化を目前に控えた国鉄最後の日のこと。1987年3月31日に、コ○助は博多から「あさかぜ」に乗車して東京駅を目指していたなりよ。ブルートレイン大好きだった少年・コ○助は大はしゃぎだった記憶があるなりが、眠りから覚め、翌日に東京駅に到着した時には国鉄時代が終わり、JR時代が幕開けしていたため、多くの鉄道ファンが東京駅のホームに押し寄せていたなりね。

「あさかぜ」の車内から鉄道ファンの姿を眺めながら、コ○助は幼心にその日が特別な日であることを感じていたなりよ。優越感を感じていた、というのとも違うなりが、なにか不思議な感覚になっていたなりね。まあちょっとした想い出ではあるなりが、想い出の中にある「あさかぜ」が消えていくのは寂しい限り。時代の流れを感じないわけにはいかないなり。

ブルートレインにはなかなか乗る機会も無いと思うなりが、実際に乗ってみれば楽しい旅になると思うなりよ。コ○助も昔はよく寝台列車に乗っていたなりが、真夜中に知らない土地を延々と走り続けているブルートレインの車窓から見る景色は、新幹線の車窓から見るそれとは全く別物。物思いにふけりながら夜景を眺めるのは、情緒的な感じで、なかなか趣深いものがあるなりよ。いずれブルートレインは淘汰されていくことになると思うなりが、すべてのブルートレインが姿を消してしまう前に、もう一度くらい乗っておきたいものなり。

TOPへ戻る
このエントリーをはてなブックマークに追加

Copyright © Narinari.com. All rights reserved.