映画「スーパーマン」のクリストファー・リーブさんが死去。

2004/10/11 15:17 Written by コ○助

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1980年代のハリウッドを代表する映画「スーパーマン」シリーズに主演し、その後落馬事故で半身不随となっていたアメリカの俳優クリストファー・リーブさんが、10日、心臓疾患のため亡くなったなり。享年52。

クリストファー・リーブさんは1952年9月25日生まれ。1978年に「スーパーマン」の主役の座を射止め、ハリウッドスターの仲間入りを果たしたなりが、その後続いた「スーパーマン」シリーズの印象が強すぎたせいか、他の出演作ではパッとした印象を残せなかったなりね。また、肝心の「スーパーマン」シリーズも、新作を作るたびに興行収入は尻すぼみとなり、第1作のような華々しさが無くなってしまったなり。コ○助も子どもの頃に「スーパーマン」シリーズを全部見たクチなりが、クリストファー・リーブさんと「スーパーマン」のイメージはピッタリなものの、「スーパーマン」の設定自体に、続編を重ねるごとに飽きが来てしまったように思うなりよ。シリーズの打ち止めのタイミングを見誤ったシリーズだったなりね。

「スーパーマン」のイメージが強すぎて役者として大成しきれなかったというのも不幸な話なりが、本当の不幸がクリストファー・リーブさんを襲ったのは1995年のこと。バージニア州で開催されていた馬術協議会で落馬事故に遭い、首の骨を折って椎骨を損傷。半身不随となり、以降リハビリに励んで来たものの、二度と立ち上がることはできずに、今回の訃報となってしまったなり。

コ○助も元気な頃の姿を知っているだけに、落馬事故に遭ったニュースを聞いた時にはショックを受けたのをよく覚えているなりよ。順風満帆だった前半の人生に比べ、後半の人生は苦労の連続だったなりね。心からご冥福をお祈りしますなり。

☆主な出演作
「スーパーマン」(1978年)
「ある日どこかで」(1980年)
「スーパーマン2−冒険編」(1981年)
「スーパーマン3−電子の要塞」(1983年)
「スーパーマン4−最強の敵」(1987年)
「スイッチング・チャンネル」(1988年)
「日の名残り」(1993年)
「光る眼」(1995年)




(23時48分 追記) Written by ウォール真木

ううう、コ○助のみならずウォール真木にもショックなニュースです。

クリストファー・リーブさんと言えば、半身不随になりながらもメディアや政府に積極的に働きかけ、脊髄損傷の治療研究への社会的意識を高める活動をしていたのが印象的です。自ら先端医療の実験台となって、電気療法が功をなし人差し指を動かせるようになったり、呼吸補助器具無しでも長時間大丈夫になったりと、回復の兆しが見えてきたのに、その矢先の訃報…。

こちらのニュースによると、リーブさんは半身不随の影響で床ずれが悪化し、それが感染症を引き起こして心不全を誘発したらしいです。そのまま昏睡状態に陥り、お亡くなりに。

ところでリーブさんは体の自由が利かなくなった後も俳優活動を続けていました。主にテレビドラマを活動の場とし、98年にはヒッチコック監督の映画「裏窓」のTVリメーク版で主役を、その後も法廷ドラマで半身不随でありながら不倫相手の女性と、自分の奥さんを殺人者として陥れるという悪役を演じていたのが印象に残っています。ちなみにリーブさんは、ディレクターとしてもエミー賞を受賞するなど才能を発揮していました。

最後にリーブさんのプロフィールを簡単に…。

・1952年9月25日、NY市で生まれる。
・コーネル大学で学士号、その後ジュリアード芸術学校で演劇を学ぶ(最終学歴は修士号)。
・1977年に前妻と結婚、1987年離婚。
・1978年に映画「スーパーマン」で一躍有名に。
・1992年にダナ・モリソンさんと結婚。
・1995年、落馬事故で半身不随となる。
・1997年、「Without Pity: A Film About Abilities」でディレクターとしてエミー賞受賞。
・1999年にTVミニシリーズ「裏窓」に主役として出演、SAG Award で男優賞を受賞。

ご冥福をお祈りいたします。

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