頑丈なメガネの話。

2003/12/09 05:19 Written by コジマ

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ぼくは粗忽者である。粗忽者なんていうと文学的でかっちょよく聞こえちゃったりするのだが、ようするにおっちょこちょいで軽はずみな人間なのである。そんな人間だから、よくモノを壊すのである。人の家に行っては飲み物をひっくり返し、デパートの食器売り場なんて、戦場なみのハイリスク地帯である。食器すべてが地雷のように見え、緊張しすぎて胃が痛くなるのである。

学生の頃、当時の彼女とソニープラザに行ったところ、ガラスでできた棚に香水が展示してあった。棚の大きさは、高さ40センチ、幅20センチくらいだろうか。おもむろに香水を手に取るぼく。別に興味があったわけではなく、ホントにただ何となく手にして、「ふーん」と呟いてから香水を元に戻したその瞬間、4段ある棚の仕切りがすべて割れ、置いてあったほかの香水やまわりに展示されているガラス製の商品がすべて割れてしまったのだ。店員が引きつりながら「大丈夫ですか? 片付けますので結構ですよ」と言うや否や、ぼくらはロケットのような速さで店を出たのであった。

さて、そんな人間だから、壊したメガネは数知れず。ある者は踏み潰され、ある者は尻で潰され、自転車で居眠りをして酒屋のビールケースの山に突っ込み再起不能になった者もいた。そのなかで、4年間も生きながらえているメガネくんがいるのだ。たいへん頑丈である。しかし、彼との出会いは非常に納得のいかないものであった。

あれは会社に入ったばかりの頃、それまで外ではコンタクトを常用していたのだけれど、仕事で原稿を読むため、ちょっと度の弱いメガネを買おうと思っていた。そんで、買いたい店は決めていた。銀座で見かけたメガネ屋さん「999.9」。なんじゃこれ。何て読むんだ? わかんないから「9いっぱい」と呼んでいた。店は狭いけどとてもオシャレ。それまでメガネド○ッグみたいなところでしかメガネを買ったことのないぼくにとって、大変な冒険であった。

階段をのぼって店に入ると、「いらっしゃいませ」と叫ぶ店員のお姉さんはみんなキレイでオシャレ。オシャレは苦手である。緊張するのである。しかもキレイなお姉さんである。ロボットみたいな動きで展示されているメガネに歩み寄り、2、3個手にとっていると、お姉さんが近づいてきた。「それはですね、フレームがチタンでできてるんですよ。だからちょっと曲げても大丈夫なんですね。それと…」なんて説明されても、舞い上がってるのでほとんど頭に入らない。「ちょっとかけてみませんか?」と言われるがままにメガネをかけてみるぼく。「あら、よくお似合いですよー」なんて言われて、「ウソこけ、オラあダマされねえだよ!」と思いつつも、口から出た言葉は「そうですかあ? デヘヘ」になってしまっていた。値段をチラリと見る。3万6000円也。ぐはあ、何て高けーんだ。メガネ○ラッグなら2個買えるぞ。いやしかし、社会人になったことだし、財布には4万円入ってるから消費税入れても大丈夫だし、それにキレイなお姉さんも似合うと言ってくれてることだし(←完全にダマされている)、えーい買っちまおう! と悩んだ末に決断したのである。そして、「コ、コレ、コレクダサイ…」機械みたいな声で言うと、「ありがとうございます! こちらへどうぞ」とさらに上の階に連れていかれたのだ。

3階には視力を測る機械や目の位置を測る機械が所狭しと並べられ、順番待ちのお客さんが5人くらいいた。「何でみんなこんな高いメガネ買えるんだよ」なんて思っていると、連れてきたお姉さんが「こちらのお客様、測定お願いしまーす」と言って、とっとと下の階におりてしまった。測定係は全員男である。「なんじゃそりゃ! おい、なんだかダマされた気分だぞ。これじゃあ、まるでデート商法じゃねーか」。もう帰る! と店を飛び出そうと思ったけどそんな勇気もなく、スゴスゴと言われるがままに測定されていくぼく。

うーん、なんか納得いかないぞと思っていると、最終段階で男の店員から「レンズはいかがなさいます? 1万5000円、2万円、2万5000円とございますが…」。おい、ちょっと待て。レンズ代は別なのか? マジかよ。だったら売り場に書けっつーの! オイラ4万しか持ってないぞ。どーすんだよ! この場をどう切り抜けるか考えながら「じゃあ、1万5000円ので…」と言うと「お客様、こちらのフレームはたいへんお薄くなっておりますので、2万円以上のレンズでないと入らないのですが…」。なんだよ! だったら最初っからそう言えっつーの! なんだこの店、突っ込みどころが満載だぞ! いや、それよりも、支払いをどうするかが問題だ。全部で5万6000円+消費税である。どう考えても1万6000円以上足りない。洗いたくても皿もない店である(そもそもそんなことで足りるわけがない)。かといって、「いやあ、金が足りませんでした。また来ますよ。あっはっはー」なんて言えるほど度量のデカイ男ではないのだ。流れる冷や汗。本当に生きた心地がしなかった。すると、光明が見えたのである。「カードがあるじゃないか!」。

クレジットカード。なんて便利なんだ。いつでも買える。なんでも買える。現金なくてもヘッチャラだい! と歌いだしたくなるくらい嬉しかった。それまで麻薬中毒者の禁断症状のような状態だったぼくは、急に「ふぃ〜」と、温泉に入ったオッサンのような気分になった。すると今までのことも「5万6000円? まあ、イイじゃないの。1万5000円のレンズが入らない? まあまあ、金持ちケンカせずだよ、チミ」とガウンを羽織って葉巻を吸ってる人のような気持ちで許せるようになったのだ(最後に「出来上がりは2週間後です」と言われて「遅せーよ!」ともうワン突っ込み入れたのだが)。

こんな思いをして買ったメガネだけど、もうすぐ5年。踏もうが座ろうが壊れません。ぼくは得したと思っているのだ。

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