かつてのぼくは、「パソコンなんて要らないもんね」などと決めつけていた前時代的人間の一人だったのだが、友達との会話についていけない焦燥感から、4年前の春に、24回払いの「21世紀までかかる未来型ローン」で購入した。これはそのときのお話。
パソコン購入後一週間たったある日、インターネットを楽しんでいると友人から自宅に電話があった。彼はなかなかのパソコンキャリアを持つユーザーで、購入する際にも付き合ってもらったヤツなのである。彼はオモムロに話を切り出した。
「コジマ、パソコンには慣れたか?」
「うむ、今インターネットで野球の結果を見ていたところだぞ。スゴイだろ」
「ほうほう、それは良かった。飲み込みが早いぞ。ところでキミ、エロサイトは見たかね?」
エロサイト。ああ、なんて甘美な響きなんだろう。インターネットのエロページは社会問題になるほど過激だと聞いていたので、ぼくは興奮した。しかも彼はとっておきのを知っているというではないか。はやる気持ちを押さえて、丁寧に彼の言うアドレスをメモった。
「で、これはその、スゴイのか?」
「スゴイのすごくないのって」
「し、して、どのようにスゴイのだ?」
「そりゃあ、おめえ、アレがこんなになっちゃってあんなになっちゃってるんだぜ」
「おお、アレがこんなになっちゃってあんなになっちゃっているのだな。ふ、ふむ。もしかしてコ、コレがあんなになってるのもか?」
「うむ、コレもあんなになっているぞ」
当時はダイアルアップだったので、彼との電話を切り、ふるえる手でアドレスを打ち込み、ブラウザの「移動」のところにポインターを合わせて、ひとつ深呼吸をした。画面に食い入るように、顔を通常よりも30センチ以上も近づけ、固唾を飲んでからついに、沢山の期待と不安感を抱いてマウスのボタンをクリックしたのだ(その時ぼくは「テイク・オフ!」と叫んでいたかもしれない)。
次の瞬間、ぼくは絶句した。急いで画面を閉じ、そして見たことのないようなショッキングな映像に暫くの間放心し、我に返ると急いで彼に電話をした。
「お、お、お、おい! お前、な、なんてモノを見せてくれたのだ!」
「だはははははははは」
「こ、こら、何とか言え! あんなモノ見せて、夜眠れなくなっちゃったらどうしてくれるのだ!!」
「いひひひひひひいひ、死ぬー! あははははは」
彼は笑って取り合ってくれなかったが、死ぬのはこっちである。そう、ぼくの眼に焼きついたものは、頭が半分割れて目ん玉が飛び出している、少女の死体写真だった。彼女の割れた半分の頭からはおびただしい量の血が流れ、あどけなさの残るそのもう半分は、真っ白な肌に金色の毛髪を蓄え、それが余計不気味さを増していた。
予想通り、その夜は寝ることはおろか、風呂に入ることもままならず、ひたすら恐怖に怯えていた。自分の汗臭さに堪え切れず恐怖を抑えて入った風呂の中では、夜中なのに大音量で歌ったり(しかも12曲くらい)、シャンプーするときにずっと目を開けていたので翌日まで目が痛くなったりと大変だったのである。この恐怖は3日ほど続き、明るくなってからでないと眠れなくなってしまった。
しかし彼も言っていたが、簡単に人を信用するのは良くない。特にインターネットのような、自分が良く理解していないようなところで他人の言葉を鵜呑みにするのは事故のもとだと、思い知らされた気がした。さらに、「エロ」という言葉に惑わされ見事に騙されて人の嘲笑(というか爆笑だったけどね)を受けるなんて、大人として恥ずべきことである。風俗でボッタくられることと大差がないような気がして、恐怖の後は強烈な自己嫌悪に苛まれた。
でもさ、でもさ、男なんてみんなエロい生き物なんだから、仕方のないことじゃない。嘘だと思うなら、近くに居る男性に聞いてごらんなさい。例えばお父さんとか。お父さんは威厳を保つため、「エロいでーっす!」と明言しないとは思うが、きっと「んん? ふむ、うんうんうん」と手で口を隠し、眉間に皺を寄せて思案顔を作るだろう。そして突然、「あれ? マイケルの特番今日じゃなかったっけ?」などと意味不明なことを言ってお茶を濁すはずである。つまり「オレはエロくないぞよ」とは、哀しいけれど明確に否定できないのだ。でも、そこにお父さんの人間味と男の哀愁を感じられれば、より一層お父さんを好きになるはずである。これは例えば、「お父さん、ロリエって何?」とか聞いたときにも同じ状況が楽しめるので、機会があったらぜひ試してください。