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> 今日のなりなり。 > 雑談編

昨晩、溜まりに溜まったリニューアル前のデータの移行作業をしていた時のこと。
リンクページや過去ログの移行作業をしていたなり。
23時くらいから開始して、黙々と作業を続け、気が付いたら時計の針は夜中の2時をさしていたなり。
「ちょっと休憩するか」と思い、データのセーブをしようとメニューから「セーブ」を選んだ瞬間。
ムッキー!
・・・。(←思考が止まったなり)
・・・。(←現状把握ができないなり)
・・・。(←虚脱感におおわれたなり)
フ、フリーズシヤガッタナリ・・・。
コ○助には悪い癖があるなり。
作業途中のデータをセーブしないという悪い癖が。
昨日の作業も、途中で全くセーブをしないで黙々と続けてしまったなりよ。
最終的にセーブをしようと思った行為がフリーズの原因になっているので、救いようも無いなりが(笑)。
この時はMacは腐れだと思ったなりね。
コ○助はMac歴はまだ2年くらいなりが、それ以前に使っていたWindowsに比べると圧倒的にフリーズする確率が高いような気がするなり。
あくまで個々人の環境によって差があるので一概にフリーズの比率が「Mac>Windows」というふうには言えないかもしれないなりが、少なくともコ○助の環境下ではそうなりね。
でも、それはそういう仕様だと思って割り切って付き合うものなので仕方ないなりが。
ゲームやインターネットをしている時にフリーズしたりするのは、まあ再起動すれば良いだけの話なので別に良いなりが、絵を描いていたり、文章を作っていたり、ホームページを作っていたりといったクリエイティブワークをしている時のフリーズってのは何とも切ないなりよね。
パソコンを知らない人にとっては「そんなのこまめにセーブすればいいだけの話じゃん」と言われてしまうなりが(←実際に言われたことがあるなり)、作業している人は没頭しているし、「いつ止まるか」が予測できるわけでは無いので、セーブするタイミングってのが案外難しかったりするなり。
そんな2分に1回とかセーブできないなりよねぇ。
いや、プロのクリエイターはそうしているのかもしれないなりが、アマチュアのコ○助にはそういう作業ができないなりよ。
でも、コ○助は思うなり。
パソコンの動作のうち、「フリーズ」という動作が許されてきたのはいつ頃からなのか、ということを。
コ○助は小学校2年生の時にシャープが発売していた「X-1」というマシンを触り始めてからWindows 95が発売されるまでの約10年間、自分で所有していたPC-9801や友人が所有していたPC-8801、X68000、FM-77といった様々なパソコンを触ってきたなりが、フリーズなんて現象はほとんど起こることが無かったように記憶しているなり。
そう、コ○助は「フリーズ」という現象を悪びれもなくOSの標準仕様にし、ユーザーに「パソコンなんてそんなもの」という考え方を押しつけたのは、Windows
95だと思っているなりよ。
だから、コ○助には基本的に「フリーズを想定してセーブをする」という文化が根付かずに成長してきたなり。
と、言うよりも「パソコンは止まらない」という安心感を大昔に抱いてしまったために、なかなか今のパソコンに順応することができなかったりするなり。
Windows 95によって牽引されたパソコンブームによって多くの新規ユーザーがパソコンに触れるようになったなりが、そういう人たちは「何で止まるのだろう」と思いながらも、度重なるフリーズに慣れさせられることで「パソコンなんてそういうもの」という一種の諦めとともに、認識を固めてしまった感があるなり。
そりゃ分かるなりよ。
OSの多機能化によって、完璧な動作をするOSを作ることが難しいということは。
フリーズするのがイヤならWindows NTやLinuxを使えば良いということも。
でも、コンシューマーレベルではやっぱり敷居が高いじゃないなりか。
もう少し何とかならないものなりかねぇ。
コ○助はMac OSに関してはOS 8.0くらいからしか分かっていないなりよ。
古くからのMacユーザーの人がいたら教えて欲しいなりが、やはり漢字Talkの頃からMac OSはフリーズしやすかったなりか?
MacはWindowsよりも遙かに長い歴史があるので、当初からフリーズしやすかったのであればそういう文化なのだと思って諦めるしか無いなりね(笑)。
ある小説家が言っていたなり。
「僕はパソコンは絶対に使わない。だってフリーズするから」
この小説家は今でもワープロ専用機を使い続けているなりよ。
一般的な感覚で言ってしまうと、ワープロ専用機なんて時代遅れで、パソコンで出来ることをなぜ専用機でやる必要があるんだ、なんて考えてしまうなりが、ワープロ専用機にはワープロ専用機で有り続ける理由が、ちゃんと存在しているなりね。
この小説家が言っていることは、「パソコンには信用が無い」ということなりよね。
コ○助ももしWeb作成専用のマシンがあって、それが絶対にフリーズしないものならばいっそ乗り換えたいくらいなりよ。
コ○助も今のパソコンは信用していないなり(笑)。
失われたデータは作り直せば良いなりが、失われたコ○助の3時間はどうあがいても返ってこないじゃないなりか。
年間どれくらいの時間が、パソコンのフリーズによって奪われているのかを考えたら恐ろしいものがあるなり。
AppleやMicrosoftにはもっともっと利用者の信用を得られるような製品を作って欲しいなりね。
どちらかに依存するしか無いなりから、現状では。
フリーズしたことによって時間を失ったという虚脱感から立ち直れないまま、コ○助は夜の街に散歩にでかけたなり。
コ○助はそういったショックを受けたときはとにかく外の風に当たりながら散歩をするなり。
1時間くらい歩くともうスッキリしているなりよ。
皆さんはどうしているなりか?
黙々と作業を継続するなりか?
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