67歳のスチュアート・シャープさんの公式サイトによると、その人生は、息子の死をきっかけに大きな転機を迎える。シャープさんは46年前、21歳のときに、子どもの頃から知り合いだった女性と結婚。しばらく2人の時間を過ごし、結婚から10年以上が経った1974年に、待望の第1子となる女の子が生まれた。そして翌年には男の子が生まれたが、残念ながら間もなく他界。妻も体調を崩して1年以上入院し、シャープさんは小さい娘を育てるためにパブでシェフとして働き、忙しい日々を送ることになる。
入院生活を終えて妻が帰宅すると、夫婦は養子をもらうことに。しかしそれが亡くなった息子を思い出させてしまったのか、シャープさんは落ち込むようになり、一晩でウイスキーを1本空けるほど酒に頼る日々となってしまった。そんなシャープさんの唯一の安らぎが、息子の葬式の夜に頭の中に浮かんだメロディー。音楽を全く知らないシャープさんだったが、そのメロディーは頭の中に強く残り、やがて「素晴らしいオーケストラに演奏してもらえるよう、曲を作りたい」と思うようになったそうだ。だが、話を聞いた妻は夫の頭がおかしくなったと思い、結婚生活は破たんしてしまった。
家を出たシャープさんは、それから約10年間、ホームレス生活に身を投じる。日雇いの仕事をこなしながら細々と生活をする中でも、曲を作るという夢を持ち続けたシャープさんは安いギターを買い、何とか音にしようと試みた。そんなシャープさんが、英放送局BBCの社屋近くで生活している時のこと。偶然ジャズ音楽家のアンソニー・ウェード氏に出会うと、ウェード氏は生活する場所を与えてくれたばかりか、シャープさんの曲作りにも協力、夢の実現へ少しずつ歯車が動き始める。
その後シャープさんは一時ウェード氏のもとを離れたようだが、その間にビジネスマンとして成功し、自身のレコーディングスタジオを購入するほどにのお金持ちへと変身した。1994年には再びウェード氏を探し出して曲作りを本格的に開始。ある程度曲が形になった段階で、ウェード氏は1997年に友人の指揮者アラン・ウィルソン氏に聞かせると、ウィルソン氏は「衝撃を受けた」ため、曲の完成に向けて協力を申し出た。
しかし、譜面の読み書きができないシャープさんとのやり取りは苦難の連続。さらに資金面の問題もあり、なかなか作業ははかどらなかったそうだ。
「Angeli Symphony」と名付けられたこの曲は、3章40分に渡る大作で、まずシャープさんが音を伝えるまでが一苦労。頭の中から紡ぎだすにも時間がかかり、さらにその音は電話でウィルソン氏に直接伝えられ、急いで譜面に書きとるといった作業が続いた。それをオーケストラが演奏したものを、シャープさんが聞いてイメージと違うところを指摘・修正と、完成まではこの繰り返しだったそうだ。
そしてついに、ロンドン・フィルハーモニーの演奏によって「Angeli Symphony」はレコーディングが完了。演奏後には、オーケストラからスタンディングオベーションが送られた。ちなみにシャープさんについて、指揮を務めたウィルソン氏は「プロではない音楽家が、これほどの品質の曲を作るのは驚くべきこと」(デイリー・メール紙より)と称賛している。
なお、この曲はシャープさんの人生を記録した映画で使用されることも決まり、映画は現在撮影中だという。また、「Angeli Symphony」のサイト(http://www.rexfordmusic.net/)では曲のMP3を公開している。「音楽の素人」の頭に浮かんだイメージから、長い年月をかけて紡がれたこの曲を、ぜひ聞いてみていただきたい。